或る夜・一室にて

「……で、お前にしちゃ珍しく“拾いもん”をした、と」

「一々そこを強調するな、しつこい」

 最低限の調度品だけが揃った殺風景な灰色の部屋。照明もなく窓から月光が差し込むだけの中、椅子の背凭れに顎を乗せる形で座った男に対し、窓際の壁に寄りかかった男が返す。

「いや〜、なんにつけ無駄が嫌いなお前が? よりにもよって魔力持ちの人間なんて拾ったって聞いたらそりゃあ……なぁ?」

 からかいと好奇心を声に滲ませ、椅子に座る男が言う。短く整えられた硬質な髪、スクエアフレームの眼鏡、顔立ちはすっきりとした男前……だが、今は表情がにやにやと緩んでいる。窓際の男が無言で睨めば、相手は悪びれた様子も無く、「そう睨むなって」とけらけら笑ってみせた。

 溜息と共に壁から離れた男は、瓶のような物を呷る。一瞬逆光に照らし出された影は、無造作な癖毛。喉を鳴らして瓶の中身を飲み干した彼は、気怠げに言い捨てる。

「厄ネタだろうが何だろうが、証拠残る方が面倒臭ぇんだよ……後処理が雑だと信頼もクソもねぇんでな」

 ぼそりと付け加えたのは皮肉だったが、相手は意に介さない。

「へーぇ、お前がそこまで信頼とか気にするとは思ってなかったな。ってことは、よっぽどヤバい依頼だったと」

 声音そのものに悪意はない。あくまでも楽しんでいる様子に、疲れていた男は更に辟易した。本来であれば無視してしまえば終わる事なのだが、どうにも神経が逆立つあまり、地を這う声で剣呑に返してしまった。

「いい加減その口閉じろ、でなきゃ裂くぞ」

「おいおい、物騒なこと言ってくれんなよ! っつーか、お前も知っての通り……」

「そんなもん承知の上だボケ」

 大仰な反応の割には本気にした様子のない相手が牽制するより先に、彼は被せる。

 彼らは互いに私情で傷付ける事はしない。それは彼らにとって暗黙の了解であり、明文化された規律でもある。それでも脅したのは、これ以上苛立ちを増長するなら出て行け、という意思表示だった。

 相手もその意図は汲んだのか、「わかったわかった」と両手を上げてみせる。これ以上の詮索はしない、と、そういう事だ。男が殺気立っていること自体は彼も承知の上で、あくまで常と同じように接していたらしい。神経を逆撫でするだけだと解っているだろうに、何故か態度を改めない相手に男はほとほと呆れ果てていた。

 もう一度手に持つ瓶を呷ろうとして、既に中身がない事に思い至り、男の口から舌打ちが漏れる。これが最後の一本だ。どうしたものかと手持ち無沙汰に瓶をゆらゆらと振っていると、相手から声が掛かった。

「お前、あのどうするつもりだ? お前の事だから拾うだけ拾っておいて、面倒見る気は無いんだろ?」

 男が声の主を胡乱に見遣れば、向けられた視線はそれなりに真面目であるように見えた。少し考える素振りを見せた男に対し、相手は答えを待つ姿勢をとる。

 確かに、面倒を見るつもりは男には無い。しかし、だからといって関わりを避けられるかと言えば、答えはノーだ。どうする、と訊かれても彼自身明確な行動予定がある訳でもなく、結局は無難な結論に落ち着いてしまう。

「……向こうの出方次第だ」

 男自身に敵対の意思は無いが、彼女が恨みを持つようであれば極力関わらないのが最善となる。とはいえ、敵意が無くとも男からは積極的に関わりたくはない。彼女が関わろうとしてくるなら、必要な範囲でのみ応じるだけ。

 総じて、無理矢理に連れてきた娘のとる態度による。相手もその結論に至るのは予見していたようで、

「ま、お前ならそう言うよな」

 と、酷くあっさり受け容れられた。

「てことは、面倒見るのは俺らの役目ってこった」

「……勝手にしろ」

 続いた言葉には溜息混じりに返し、男は窓際を離れる。椅子の横を通り過ぎ部屋を突っ切って行く途中、片手に持った瓶を屑籠へ投げ入れると、屑籠に仕掛けられた魔法が発動し瞬時に砂状に分解された。中空からサラサラと滑り落ちていくそれを後目に、彼は壁際に置かれた冷蔵庫を開け、中からぱっと目に付いた缶を取り出す。

 椅子から振り返って男を観察していた相手は、それを目敏く見付けていた。

「あ、それ俺にも一本くれ」

「……」

 図々しくも遠慮なく要求してきた相手に、先程とは別種の苛立ちが込み上げた男は、相手も見ず後ろ手にもう一本ある缶を放り投げる。見なくとも気配でどの位置にいるかは分かっていたが、彼はわざと壁にぶつからない範囲で取りにくいコースへ投げてやった。恐らく、相手とて投げ渡されるまでは想定内だろう。

「おま、ばっ……か、危ねぇって!」

 缶は無事受け止められたようで、案の定、少し慌てた調子の声が責めてくる。何やら言葉が続くものの、男は相手の文句など聞くつもりはなかった。この程度の意趣返しはいつもの事だ。

 彼は自分の缶を開け、中身を一息に半分程飲む。香辛料の風味に僅かな苦味と圧倒的な甘みを含んだ炭酸が口と喉でパチパチと弾けるのを聞きながら、これからの手間を考えて密かに嘆息した。

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(タイトル未定) 96(くろ) @96_slime

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