伝説編
Legends①,『復活の狼煙』
「ドラッグをやってる奴ってのは、どいつもこいつもブッとんでるようだな」
全米一の輸送機メーカー『エジソニア』のCEOレオナルド・ハーマンが、吐き捨てるように言った。
ノースダコタ州のカナダ寄りに、広大な工場がいくつもあるのだが、エジソニア本社はカリフォルニアのシリコンバレーの中心にある。高さ78mのビルだ。
その一室。応接間に入ってすぐに、彼は相手を挑発するような言葉を口にした。
「甘んじて受けます。過去形、ですが」
振り向きもせず応じたのは、車イスに座ったグウェン・アラネアだった。
「一人で来たのか?アレをダシに使うようなことをして。一般人が、私とアポイントを取れることなんてあり得ない。万が一、取れたとしても、3日後に会えるなんてことは絶対にないんだぞ?」
もちろん一人です、と応じるグウェンに目を向けることもなく、レオナルドは客用の大きな黒い皮イスに音を立てて座った。ガラスでできたテーブルを挟んで、二人は向かい合う形になる。
窓の外は晴天で、外はおそらく暑いのだろうが、エアコンの効いた社内は快適だ。
レオナルドが面倒そうに、オレンジのネクタイを緩める。
「アレは元気にしてるか?ドラッグなんて教えたら、ヒットマンを雇うからな」
「怖いですね。娘をアレ、と言うことも含めて」
「家出した奔放娘だからな。お互いに、もはや親とも子とも思っていない。さて、君はそんな話をしに来たのか?」
二人の目が合った。
レオナルドの青い目が、グウェンの少し濁った緑の瞳を見据える。義眼の方を見つめていなかった。
直視を避けたい容姿だと、グウェンは自身を認識していたのだが、彼にとってはそうでもないのかもしれない、とグウェンは思う。
「半年前に、私をorionから引き抜こうとしていましたね?」
「無駄な前置きはいい。時間が惜しい。あと3分で私はここを出る。要件を言え」
グウェンの質問に答えず、レオナルドは手を払う仕草をした。
「ちなみに、それは当時、私の人生で5本の指に入る失敗だった。合衆国のorionを乗っ取る計画も進んでいた。……結果的に、今は失敗とすら思っていないが」
レオナルドの口角が上がる。
「では、飛行機を一台、ネジャンナに飛ばしてください。あと、衛星通信回線をお借りしたい」
すぐさま両手を上げて、レオナルドはリアクションした。
「ハッ!三日前に内戦が始まった地域じゃないか。戦争でも止めに行くのか?」
せせら笑いながら、下卑た表情をグウェンに向けている。無駄な時間だ。すぐにでもこの部屋を出てしまおう、とすら思っていた。
「そうです」
「………………」
その表情のまま、レオナルドは固まった。この女。俺の冗談に、そうです、と言ったか?聞き間違い、いや、言い間違いか?
「私の復帰ライブを兼ねて、平和の祭典をネジャンナで開催します。いや、前者はどうでもいい。後者が目的です。現実世界、バーチャル問わず、チャリティーで歌手へのネット配信参加を呼び掛けます」
グウェンの義眼にすら、意志の炎が灯ったように、レオナルドは感じた。頭を抱えそうになるのを、レオナルドは堪えて、表情に笑みを戻す。
「やっぱりブッとんでるな。また薬でも……」
「ドラッグは、やめてる途中です。まだ半年ですが」
表情を崩さないグウェンは、たじろぐレオナルドから視線を逸らさない。
その態度が、レオナルドには気に入らない。
「いいか!?私が協力する理由なんて、一切ないんだ!ウィー・アー・ザ・ワールドをやりたいんなら、他をあたってくれ!それで、いったい我が社になんの利益が出るっていうんだ!?」
「伝説になります。いえ、伝説のライブにします」
「誰がそんな意思表示を聞いてる!」
声を荒げている自分に驚くくらいの嘆きが、レオナルドの口から思わず出た。彼が両膝を叩いた音が、小気味良いくらい広い応接間に響く。
こんな小娘の馬鹿げた話など、聞く価値もない。現実を直視しない障害者の夢物語にしか聞こえない。
彼女は歌姫ではあるが、ライオネル・リッチーでもなければ、無論、マイケル・ジャクソンでもない。
「でも貴方は席を立たないで、半年間活動していない、ドラッグ中毒だった歌姫の話を聞いている」
「それは、アレがどうしてもと言うから……」
「この計画には、速度が大事だから貴方に最初にお願いしたんです。今こそ、暴力を嘆かなくちゃいけない。平和を叫ばなくちゃいけない。ドラッグを止めた半年で、私はそれを学んだの」
ひとつ、ため息が室内に響く。
「まだ、オーバードーズして神から天啓を得たって言われた方が、納得できるし断りやすいんだがな……」
レオナルドの耳に付けられた小型イヤホンが緑色に光った。すでに、3分は過ぎている。
舌打ちをして、レオナルドは左手を耳にあてた。
「会議は中止だっ。前に断った潰れそうなSNSの件は、再度買収を提案する。……そうだ。私がそう言ったら、それで決まりだ。買収後には大規模なリストラをして、経営を立て直すと伝えておけ!以上だ。……バカがっ!相手にリストラすることを伝えてどうするんだ!使えない奴めっ」
通話を切り、レオナルドはまた、ため息をついた。
「私、まだここにいてい……」
「言わせるな」
観念したかのように、レオナルドはグウェンの質問を遮り、それだけ言った。
「チャリティーではありますが、収益の3%なら飛行機と通信代として払ってもいいですけど?」
「君は、それを決められる立場でもないだろう。よしんば、それを受け取ったとして、ネットでそれがリークされて金の亡者なんていう悪評が立ったり、絶対に炎上したりしないというなら、私は喜んでサインするがね」
やっと、グウェンの口角が上がる。
「貴方から協力を得られたことは、必ず人々にアナウンスします」
「当たり前だ。あと、次からは君が直接来る必要はない。どこにエージェントもなしに、世界的なライブをする計画を単身で始める歌姫がいるっていうんだ。……どうしてそんなことをした?」
少し疲れた表情のレオナルドの顔に、柔らかさが見え始める。その顔に、満足そうな表情を浮かべて、グウェンが口を開いた。
「ひとつは、友達を助けるため。もうひとつは、私が死ぬまで内緒です」
呆気にとられながら、レオナルドが唇を尖らせた。
「なんだそりゃ」
そう言って、再度、彼はビジネスマンの顔に戻る。
「3つほど、条件がある。……ひとつは、ウィーザーにも声をかけること、だ」
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