Legend1,『監禁』

「ん……、ぅう…………」


 自分の口がそんな音を出す。少し遅れて、後頭部の痛みに私はまた、うめき声を上げた。


 目を開けようとしたけれど、視界は真っ暗だった。なにか頭に被せられているか、目になにか巻かれているかしているみたい。取りたいけれど、後ろ手に縛られてて、しかも地面か床か分からないけれど、俯せに捨て置かれているようだから、どしようもできない。


「あ……、あの……、誰か…………」


「っ!?センパイ!?近くにいるデスか!?」


 聞き覚えのある可愛い声が、ちょっと遠くから届いた。近くかもしれない。距離感がつかめない。


「ユリたん?そこにいるの……?」


 声のした方に顔を向ける。やっぱりまだ頭が痛い。動作のたびにガンガンする。


「ヤーナも隣にいマスっ」


「せ、センパイ……、ケガはないですカ?」


 ヤーナの恐怖に怯えているような、か細い声がユリたんに続いた。


「う、うん。ちょ、ちょっと頭が痛いくらいだけど、そっちは?」


「「大丈夫デス」」


 二人の、イントネーションが少し変な日本語が同時に聞こえた。それどころじゃないのは分かってるけど、私はそれが、ちょっと嬉しかったりする。


 いやいや、ホントに嬉しいとかそれどころじゃないから。


 いったい事務所で何があったっていうの?最後に覚えているのは…………


「銃を構えた迷彩服…………」


 口から、気を失う前に見た何人かの姿が、記憶の煙から立ち上るように出てきた。


「……私も、見マシた。ネジャンナの軍隊デシょうか。だとしたら……、私がアマリ教だから…………?」


 ユリたんが、今にも泣きだしてしまいそうな声で言葉を紡ぐ。


 いやいや、どうしてアマリ教だからって、こんな目に遭わなくちゃいけないのよ?


 意識が覚醒してきている。それにつれて、だんだんと腹が立ってきた。


 こんな誘拐じみたこと、国の軍隊がやっていいわけないじゃない。頭もけっこう強く殴られてさ。こちとら日本のインターネットバーチャルアイドルよ?国際問題、いや、国際大々々問題になっちゃうんじゃないの?


 ホント、叫び出してやろうかな。さっきから手首に巻かれた紐をちぎろうと力をこめているけど、難しいみたい。


 でも、相手は銃を持ってるんだよなぁ。言葉も通じないだろうし。二人に迷惑になっちゃう可能性がある。なにより、また殴られたくない。


 困った。


「モシそうナら、私はマシスト教だカラ、掛け合えバ、二人を助けラれるかもしれまセン」


 ヤーナが自信なさげに呟いた。


 はっとした。


 ここにきて、私はその言葉で、ようやく気が付く。


 本当にいつも、私はポンコツで、緊張感も集中力も足りない。


 そうだよ。


 誰も助からない、っていう未来もあるんだ。


 頭を打ってどうかしていた。ここは日本じゃない。海外なのだ。身の安全や平穏が担保されているわけじゃない。


 後ろ手に縛られた縄から、凄まじい勢いで恐怖が全身を這う。


 中学の時に友達に見せられた、海外で誘拐されたジャーナリストが、テロリストに処刑されるショッキングな動画を思い出す。


 相手が、そういう集団じゃない保証は、どこにもない。


「…………こわい。こわいよぅ」


 日本の両親の顔が、真っ暗な視界に浮かんでは消える。目のところに当たっている布が、湿気を帯びて濡れる。


 涙が、止まらなくなってしまった。全身が、恐怖に震えだす。止めようとしても、それは止まらなかった。


「センパイ。大丈夫デス。助けだって、来るかもしれマセん。……な、なにより、日本人を悪いようにする国は……、そ、そんなに多くありマセん」


「う……ん。ご、ごめん……」


 ユリたんの言葉が気休めなのは分かっている。彼女に気を使わせてしまったことに、私は先輩として謝らなきゃいけないと思った。でも、声が上擦っちゃって、ユリたんには絶対に伝わっていないだろう。


 怖いものは怖い。死にたくない。


 気持ちが落ち着かない。どうすれば良かったの?思い立ったように、この国に来たことそれ自体が、間違いだったとでもいうのだろうか。


 誰か。


 誰でもいいから。


 私たちを救けて。


 そう、強く願ったのと同時に、遠くから女性二人の怒ったような叫び声と足音が聞こえてきた。


「――――――!――――――――ッ!」


「――――――――!」


 ネジャンナの言葉だった。続けて、男の人の申し訳なさそうな、弁解しているような声。


 それらが、近付いてくる。


 外国の言葉だからだろうか。女性二人の声は、似ているというか、ほとんど同じ声に聞こえた。


 声を遮るように、ガシャン、と音を立てて、扉が開く音が空間に響く。


「だぁから、ネジャンナ語はキライなんだよ。無事か確認してこい、が、なんで誘拐してこい、になるんだよ?」


「ああ……、なんてこと。本当にごめんなさい、ヤーナ先輩。それにユリア先輩……、あれ?なんで三人いるの?事務所の社員は真っ先に逃げたって……」


 日本語……。たしかに日本語だった。


「お、おい。まさか、この人…………」


 しかもこの声、聞き覚えがある。


「そんな……、そんなわけないよ。に、日本にいるはずでしょう?」


 この二人の声。たしかに、私には聞いた覚えがあった。ぐっしょりと濡れた真っ暗な視界に、卒業してしまった二人のアバターが、くっきりと見えるようだった。


「「霧霧……、先輩?」」


 久しぶりに、私は双子二人のハモリを、日本から遠く離れた異国で聞いたのだった。

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