Legend1,『道のりは速さカケル時間②』
「どうしたらチャンネル登録者が増えるか、もっと考えなきゃいけないと思います」
うわ、懐かしいなぁ。さっきまでヤーナと配信してたような気がするんだけど。
これは、もう2年くらい前のことだ。
目の前で立ち上がったマネージャーの舞ちゃんを、私は対面のパイプイスに座って口を開けて見ていたっけ。
あの頃はまだ舞ちゃんも私たちのマネージャーになりたてで、右も左も分からないはずだった。
なのに、よくこんな狭い会議室で張り切ってそんなこと言えるなぁ、スゴイなぁ、なんて考えながら、私はいつも通りポカンとしてた。
「そんなことはぁ、当たり前のことでぇ、それをどうしたらいいかぁ、みんなで会議してるんですよぉ?」
こういう時の声。間違いを訂正したりとか何かを指摘したりする時の葵ちゃんの話し方は、どこか鼻につくように聞こえてしまう。本人にそのつもりがあるのかないのかは、当時は怖くて聞けなかった。
この1年後くらいに葵ちゃんに直接聞いたら、
「この話し方はぁ、昔からでぇ、自分でもどうしようもできないからぁ……」
なんて言ってた。
あ、ついでだけどその質問をした1週間後に、彼女の話し方修正を試みる企画を私が主体になってやったんだけど、あれは自分で言うのもなんだけど最高に面白かった。ニュース原稿みたいなお題を葵ちゃんに読んでもらってるだけなのに、私はツボっちゃってずっと笑いっぱなしだったっけ。
それでしばらくの間、『泡沫葵』の……、なんだっけアレ。ほら、検索の予測で出て来るやつ。あ、そうそう、サジェスト。それが『読み上げソフト』になってたんだよね。
そんな大当たり企画配信をする、ずっと前のことだ。
「……ッ!思いつかないから発破をかけてるんでしょ……」
正直な人だな、と思った。舞ちゃんは真面目そうな第一印象通りの人だった。取り繕うとか、見栄を張るとか、きっと彼女には難しいだろう。それは、昔も今も変わらない。
爪を噛むような仕草で吐き捨てた舞ちゃんを、私は静かに見上げている。口を開けないようにアクビを噛み殺しながら。
いや、口を開けてたかも。さすがにそこまでは覚えてないや。
そういや、舞ちゃんはもちろん、会社に一切何も言わずにネジャンナに来ちゃったな。
ま、大丈夫っしょ。
にしても懐かしいなぁ。この後って、たしか……、あっ!お、思い出した…………
「それこそぉ爆発するみたいにぃ、登録者や再生数が伸びることをぉ、いっちょぉいっせきでぇ、思いつけるんだったらぁ、もうやってるとぉ思うんですけどぉ…………?」
思い出したくなかった。いや、今となっては良い思い出か?
あー、きっとヤーナとバズったきっかけの話してたからだ。
だからこんな昔のことが夢に出てきたんだ。あぁー……、最悪だぁ…………
「霧霧ちゃんはどう思ってるの?」
女の子みたいなフリフリの黒基調ドレスを着たアルルちゃんの声が会議室に響く。アルルちゃんはいつもズルい。ここで私にそんなふうに聞いてくるということは、アルルちゃんも私と同じでアイデアがないに違いない。でも、会議に参加している体裁は、その質問で保たれる。意見を求められた私はたまったもんじゃない。
「……………う、うーん」
頭を抱えてしまう。何も思いつかないから、なんだか自分の頭がいつもより軽く感じてた。
「えっと、なんか……、他の配信者さんがバズった企画を……、真似してやる……とか…………?」
いま思い返すと本当にプライドも外聞もない恥ずかしいことを言っているって分かる。いや、真似するのが悪いことだとは思ってないけどね?
ほら、配信者ってさ、オリジナルの企画がどれくらいアイデアに溢れてるか、どれくらい面白いかで決まってくるから。
企画を真似する側よりも、真似される側になりたいって、今は常々そう思ってるし。
って、それも今はそう思ってるだけで、当時はホントなにも考えてなかったんだよね。それも、恥ずかしい。
「……………………」
この時だって、なんでみんな黙っちゃったのか分かってなかった。いまなら分かる。呆れられてたってことが。
それが、ツラい。
すっかり悪夢地味てきた。嫌な思い出だ。
「私は……、リスナーのみんなが面白いって思ってくれたら……、笑顔になってくれたら、それでいいから……」
取って付けたような言葉。バカだったな、私。そんなことは、配信者だったら、アイドルだったら当たり前のことなのに。
「も、もちろん、今のままでいいとは思ってないけど……、私は、できることしかできないから……」
やめてよ。ホントに恥ずかしい。早く目が覚めないかなぁ。
溜め息。
だれが吐いたかなんて知らない。私は、俯いて、泣きそうになってたから。
バタバタと、狭い会議室の外から人が走り寄る音が聞こえ始める。
広報担当の人だったっけ?いや、『ムンクさん』も一緒だったっけ?
急にドアノブが壊れそうな音をたてて、ドアが勢いよく開いた。
荒々しい呼吸音。スーツ姿の男の人。
「おいっ、霧霧!スマホで生配信したままだぞっ!は、早く切れっ!!」
「……え?」
自分の感情だけは、しっかりと覚えてる。
言葉を理解すると同時に、冷や汗がぶわっと出る気持ち悪さが全身を襲った。心臓が止まるような感覚。
私の今日のライブ配信予約時間は12時間後の夜11時。スマホを使ってお風呂で雑談配信する予定だった。
AMとPMを、ちゃんと確認した?寝ぼけたまま、予約しなかった?
あ、私、きっとクビになる。
当時は直感的にそう思った。いつかやるだろうなって思ってた。思ってたけど、ついに取り返しがつかないことを、しでかしちゃった。
それが、生まれながらにしてポンコツな私の、そしてアイドルグループ『orion』の配信人生を変えることになるなんて、その時は思ってもみなかった。
33分間の真っ黒画面の配信は視聴者3万人。動画は3日で300万再生。私は初めてネットニュースに掲載されて、登録者数は30万人増えた。
0期生のメンバーは3人。
3の奇跡、と今でも語り継がれている私の大失態の伝説だ。
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