Legend1,『道のりは速さカケル時間①』

 「センパイはホントにスゴイネと思いマス。どうしたら、そんなふうにナレマスか?」


 ここはネジャンナの首都ジョコビの中心街にある、高層マンションの1室にあるリビング。大きい冷蔵庫を背にして、広いキッチンに立つヤーナがそんなことを聞いてきた。


 あれって日本の冷蔵庫かなぁ。あんな大きな冷蔵庫に、いったい何が入ってるんだろ。


 配信機器を身に付けたヤーナの目は、どうしてか分からないけどキラキラとしていて、ちょっと眩しいくらい。玉ねぎでも切ってるのかな。


 私はというと、だだっ広いリビングの四角い木製のテーブルを前に座って、すっかりお客さんという感じ。頭にインカムは付けているけれど。


:ヤーナちゃんは日本語上手だね

:can 愛 gonna be mm bird?wanna know too.

:え?ヤーナはプロの初心者になりたいの!?www

:料理しながらインタビューとか草w

:ヤーナの手料理食べてみたい!


 ヤーナの運転する青いビートルはとても乗り心地が良かった。

 窓を開けて、晴天のネジャンナの湿度高めの風を頭に受けながら、私は車に揺られてヤーナが住む都心の高層マンションにたどり着いていた。

 ヤーナは出会ってからずっとテンションが高くて、車中も含めて私にいろいろと質問してきてくれて、口下手で軽い……、いや、重度の対人恐怖症な私に、すごく気を遣ってくれている印象だった。


 そんな中、なんかすごい富士山みたいな高さのマンションに着いたと思ったら「じゃあ、イマのを配信しまショーネ!」なんて言い出して。いや、私は富士山を直接見たことは実際ないんだけれど。

 そこからは、あっという間だった。


 っていうか日本時間は何時?

 早朝だっけ?昼過ぎだっけ?急な雑談配信に2万人くらいのリスナーが集まっている。


 配信画面はまさに急ごしらえって感じで、3Dで動くヤーナの夏バージョンの薄着姿が右下と、私の1枚絵の上半身が左下。画面の中央に熱し始めたフライパンと、その隣にあるまな板が半分映ってるって状態だ。


 ヤーナの青色の手がまな板の上に、なにか私の知らない、ネジャンナの野菜みたいなものを置いた。


 青色の手。肘まであるゴム手袋のようなものを、ヤーナは装着している。


 手っていうのは、配信を視る人にとってすごく情報の多い身体の一部だ。年齢や身長、生活習慣から性格まで分かるなんてことも言われてる。まあ、視る人にもよるんだろうけど。


 配信に映った指紋から人物を特定された、なんていうバーチャル配信者の間で囁かれる恐怖の都市伝説だってあるくらいだからね。


 バーチャル配信者の心得というかマナーとして、自分の身体を気軽にそのまま配信に映してはいけない、という暗黙の了解みたいなものがある。


 いや、単純に考えて、私だって肌荒れしてる時とか乾燥の時期の手なんて、絶対に配信に載せたくないもん。


「うーん…………」


 時差ボケのせいか、私の頭は霞がかったようになっていて、明後日なことを考えている。


 あ、それはいつものことかもしれないけど。


 なーんて、こんな脱線がちなこと考えている時点で、集中できてないんだよね。

 にしても、このイスは座り心地がいいな。


「やっぱシ、バズろうトカ、チャンネル登ロク者数を伸ばソトカ、ドーガのサイセイ数トカ、ライヴストリーム観てもラおうトカ、目標トカあったですカ?」


 答えに詰まる私にヤーナが、包丁で切った野菜をフライパンに流しながら解答例を出してアシストしてくれる。日本語がんばってるなぁ。私もネジャンナ語とか英語とか勉強しないとなぁ。


 うーん。目標……、目標かぁ…………


「それは……、あったかなぁ……、なかったような気がするなぁ…………」


「せ、センパイ、もしかシテ眠いデスカ?」


「……うん」


:知ってたwww

:おい、言っちまったぞ

:時差ボケか?

:LOL.mm bird said she’s sleepy!

:お客さん、正直過ぎやしませんか?www

:今日もやらかしてんねえ!


 ヤーナの配信を視聴してる私のスマホ画面に、ライブコメントがすごい勢いで流れていく。どうやら失言だったみたいだ。

 でも正直、今のいままで目標なんて持ったことなかった。こんなふうになったのは、もう奇跡としか言いようがないんだもん。いや、奇跡みたいなポジティブな言葉じゃないかな。どちらかというと、事故みたいなもの。

 今でも、なんで私がこんなたくさんの人たちに観られているのか、私が聞きたいくらいだし。


「お料理デキるまで、寝ててもイイデスヨ?ストリームは、ワタシがツナイでオキますカラ」


 ヤーナの優しい言葉が、なんだか遠くに聞こえるみたい。

 その遠くに向かって、私は言葉を飛ばそうと努力する。


「うーん……、それは申し訳ないよ。先輩として…………」


 努力、か。私はこんなふうになるまで、なにか一生懸命に頑張ったこと、あったかなぁ。


 もっと言いたいことがあったんだけど、如何せん眠気が…………


「リスナーさん?もしカしたら、トリニクをサバく配信にナルかもしれませんネ?」


 もうコメントも目で追えなかった。私が鳥のキャラクターだからって、ヤーナ、上手いこと言うなぁ……


 先輩は眠くて、もう言葉も出ないよ。


 ああ、また切り抜かれちゃうんだろうなぁ、これ…………

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