Legend2,『幻の1期生①』

◇◇


 『orion』の1期生の名前には、誰が決めたか今となってはもう分からない、共通したテーマが存在していた。それは私たち5人が集まったコラボでのグループ名にも表れている。


 『SeasonS』だ。『SS』とも略される。


 春一番はるいちばんめめ。

 これがアタシの名前。

 春の妖精で、ピーターパンのアニメ映画に出てくるティンカーベルみたいなブロンド。ちょっと肌の露出が多い服が多くて、背中にははねも生えている。


 夏輝なつき夕方ゆうがた

 彼女は褐色の肌をしたボーイッシュな黒髪ショートヘアで、いつもテンションの高い、まさに陽キャ。長時間配信をよくやる体力自慢の女の子。


 秋芳あきよしメイナ。

 天界を追われた堕天使。黒翼と長い黒髪。透きとおった白い肌。そして真っ黒なビキニアーマーという容姿で、日がな視聴者をASMRとかで堕落させようとしている。


 冬花ふゆはなキキ

 冬花ふゆはなララ

 なんと現実世界でも双子の姉妹というバーチャル配信者。デビュー当初は、『二人とも星の化身の双子』というファンシーキャラクターグッズ製作会社の著作権に抵触してしまいそうな設定があったんだけど、いつの間にか、ただの双子の天使という設定に変更された。

 マシンガントークが得意な姉のキキと、ゲームのみならず歌や絵、パソコン操作や配信機器設定までなんでもござれの妹ララのコンビ配信者だ。私はお姉ちゃんの方のことをキキねえと呼んでる。


「0期生のみなさーん!ありがとーっ!」


 ララがマイクを持った手で頬を拭きながら、下手に降りる先輩たちに手を振っている。客席にはもちろん観客はいない。しかし、配信の同時接続数はすでに2桁万人。こんな数字は初めて見た。みんなちゃんと観れているんだろうか。


:この歌声も、最期だってのか……

:kiki!lala!Back to stage!plz Back to orion!

:最高のダンス。最高の歌だった。泣いた。

:エモいってさ、こういうことを言うんだね。オレ初めて知った。

:ican’t find words to express this feeling ;(

:卒業……、夢であってほしい


「先輩たちの作ってくれた土台があったからこそっ!……オレたちがっ、生まれることができましたっ!今日まで本当に、ありがとうございましたっ!」


 キキ姉が頭を下げる。

 もう始まって2時間にもなろうというのに、コメントは配信開始時から速すぎて読めないくらいに流れ続けている。


 泣きじゃくってる先輩たちとの歌が終わって、暗転した舞台から、キキララ姉妹が目に涙を浮かべながら舞台を降りてくる。ついに、この時が来てしまった。


 ファンのみんなには先月アナウンスされた。だけど先輩やアタシたち同期には、3か月前にすでに全員に伝わっていた。


 『orion』1期生、冬花キキ・ララの卒業――――


正直、気持ちの整理なんてついてない。いまからみんなで最後の舞台に立って、オリジナル曲を歌って踊って。


 それで、おしまい。

 それで、二人のメンバーとは最期だ。


「ん……、心配させないように、するからっ!……私たちだけでも大丈夫だって、うぅ……、二人に思ってもらえるようにぃ……!」


 いつもあんなに元気な夕方ちゃんが喉の奥から振り絞るように、そんな心強いことを二人に言った。その顔ってば、ひどいったらない。涙でメイクがぐしゃぐしゃになってる。モーションキャプチャーのマーカーが落ちないか心配になるくらい。


「泣くなよ。アンタが泣くと、……オレも、さ。泣けて、…………くるから」


 言いながら、キキ姉が目尻をぬぐう。


「ほらほら。みんないつまでも泣いてないで、早くステージに上がらないと、ね?」


 優しい声でみんなを促したのはメイナだ。寂しそうな声を出しながら、舞台袖に向かって毅然と歩き出す。

 アタシは通り過ぎた彼女の横顔に、涙がつたうのを見てしまった。


 それで、我慢できなくなっちゃった。


「やだよっ!やだ!やだやだやだっ!」


 大人げ無いのは分かってる。でもイヤなもんはイヤだ。ずっと一緒に、みんなで配信を続けたい。ずっとみんなで、アイドルしてたい。


「ねえ……、やっぱヤメよ?卒業なんて、しなくていいじゃん……」


 夏には海でスイカ割りがしたいし、秋にはみんなで月を眺めながら映画を観たいし、冬には雪合戦したり、みんなでコタツに入ってゲーム実況がしたい。そして、また春が来て、きっといつか後輩もできて。


 いつもの5人で、ずっと、配信していくの。


「ね?……やめよ?見てよ、コメント。誰も……、望んでないじゃん。……卒業しないで、みんなでずっと……、もっと……、もっともっとアイドル、しよ?」


 最後の方は自分でも何を言っているのか分からなかった。


 分かってる。もう遅いんだ。三か月ずっと我慢してきた。考えないようにしてきた。物分かりの良い大人でいたかった。でもやっぱり無理だったよ。


 この気持ちを二人にぶつけるには、もう遅過ぎる。そんなの分かってる。でも、アタシは瞳から溢れる感情を、抑えることができなかった。


◇◇

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