Legend3,『夢①』

 『American Dream For You』は週末のゴールデンタイムに放送されているテレビのオーディション番組だ。『ADFY』と略され、アメリカでは知らない者はいない。


 歌やダンス、手品やジャグリング、スタンダップコメディなど、全米各地で行われる予選を勝ち抜いたパフォーマーが集まり、5人の審査員から審査を受ける。本選では集まった1万人の観客の前で、生放送でパフォーマンスを披露し、1回戦、ベスト30、20人で競う準々決勝、10人の準決勝、5人で行われる決勝と、数週に分けて放送される。決勝はテレビ投票が行われ、長いシーズンでたった一人だけ、優勝者が決まる。


 背後でデカデカとAmerica!と照明が飾られた舞台で行われるパフォーマンスの、その最中であっても、審査員は落選を意味する×のボタンをいつでも押すことができる。

 その場合すぐに舞台が暗転し、演者は脱落となる。逆に、審査員全員がパフォーマンス後に「yes」と言えば合格となり、次の週の放送、つまりネクストステージへと進むことができる。


 優勝賞金は10万ドルと、全米15か所のツアー興行。文字通り、アメリカンドリームをそのままテレビ番組にしたようなリアリティショーだ。


 その『ADFY』本選1回戦の撮影中の舞台で、前代未聞の出来事が繰り広げられていた。


「おいおい、なんの冗談だ?その黒い板はなんだ?俺たちは人間を審査するためにここにいるんじゃなかったのか?」


 審査員の一人。辛口な皮肉屋で有名な番組総括のマイケル・ハドソンが、アゴ髭をなでながら舞台の前の審査員席からマイクに向かって苦笑した。

 それもそうだ。電灯が埋まった舞台の照明が一斉に明るくなったと思ったら、そこに人間のパフォーマーはおらず、上から無数のスポットライトが、高さ2メートル、幅1メートルほどの黒い板に集まったのだから。


「待ってよ、マイケル。ちょっとした演出でしょう?これから演者が出てくるに決まってる。文句を言うには気が早いんじゃなくて?」


 マイケルの隣に座るアフロの女性が彼の肩を撫でる。彼女の名はニコール・エイブラムス。ニコの愛称で知られる、90年代に活躍した女性アイドルグループの一人だ。


 スポットライトは素知らぬ顔をして、ステージの中心にある板を照らし続けている。


 その板に、変化が起こった。


 緑色の髪。大きな瞳。薄い褐色の肌。露出が多く、肩までなにも身に着けていない。胸が上半分出ていて、黒いビニール質を思わせるボディスーツがそれを覆っている。下半身は……、蜘蛛だった。八本の大きな足が蠢いている。妖艶でいて、どこかおぞましさを感じる、3DCGアニメーションなその姿。


「ワォッ!なんか映ってるぞ!ほ、ほ、放送事故じゃないだろうな?」


 驚いた声を真っ先に上げたのは、数々のモンスターテレビ番組やブロードウェイの舞台で成功を収めてきた、敏腕プロデューサーのレナード・シンプソンだった。禿げ上がった頭を叩くように抱えて、言葉とは裏腹に誰よりも面白がっているような様子で苦笑している。


「初めまして。私は動画配信サイトを中心に歌手活動をしているグウェン・アラネアといいます。……今日はよろしくお願いします」


「しゃ、しゃべり出したわよ!?」


 大物女性司会者でコメンテーターとしても活躍している、ふっくらとした黒人女性のサラ・グッドマウス・ブラントが目を見開く。


「ああ、そういうことか。……よろしく、グウェン。動画サイトの配信者だったら、再生数やライブ配信で稼いでいればいいだろう?今日はどうしてここに来たんだい?」


 数秒もせずに察したマイケルが厳しい視線をグウェンに向ける。彼の最初の質問に彼の望まない返答をして、なにも披露できずに初っ端から×を与えられたパフォーマーは、けして少なくない。


 画面に映ったグウェンの、三日月を二つ合わせたような灰色の瞳孔が少し上に向く。右手が動いて頬に手があたった。ちょっと考える感じのその素振りに、


「……ねえ。かわいいじゃない?」


 と、ニコがマイケルに向かって囁いた。しかしマイケルはそちらに見向きもしない。


 グウェンとマイケルの目が合ったように見えた。平面の世界から3Dの彼女が口を開く。


「私は、ある日本企業が開発したモーションキャプチャーの最新技術を使って、いまここに立つことができています。普段の配信では、心をこめてリスナーに、私の唄う歌を届けています。でも、ある日のこと。急に思ったの。このままじゃいけないって。……マイケル。どうしてそう思ったのか、分かりますか?」


 マイケルが掌を上に返して肩をあげた。


「俺はテレビマンだからな。配信サイトは俺たちの敵だと思ってることだけはみんなに伝えておく。……この舞台で、質問を質問で返されたのは初めてだ。まあ、度胸は認めよう。……そうだなぁ。あまり興味はないが、活躍の場を広めようと思った、とかかな?」


 グウェンが微笑む。


「もちろん、それもあります。でも、私にはもっともっと大きな目標があるの。もっともっと、いろんな人に私の歌声を聴いてもらって、そこにいるニコや数々のロックバンド、みんなの頭の中で流れる、スマッシュヒットを飛ばした曲の歌手が、それを経験したように…………」


 グウェンが言葉を切った。目を閉じて、手を胸に置く。まるでその胸中をさらけ出すかのように、その手をゆっくりと前に開いていく。


「トップを獲ること。……まずはビルボードで1位を獲ってみせるわ」


 その決意。まっすぐな瞳。その姿に、観客がどよめいた。指笛を鳴らす者も何人か。そのうねりを、グウェンは一身に浴びている。


「バーチャルな世界の歌手として初めて、この偉大なアメリカ音楽の歴史に、私の名を刻んでみせます」


 反して、落ち着いて手元の資料に視線を落としているのはマイケルだった。


「みんな落ち着いてくれ。よく考えてくれよ。これはフェアじゃない。だってそうだろう?演者は舞台に上がってこそ演者じゃないか。いま、舞台の上に立っているのはなんだ?……ただの黒い板だ」


 そう言ってマイケルはせせら笑い、肩をすくめた。視線を資料から外して、彼は立ち上がって振り返る。観客たちに向かって丸めて握った資料を叩きながら、声の限りに叫んだ。


「……人間がっ!舞台に上がってこそっ!想いっていうのは、その気持ちっていうのは伝わるもんじゃないのかっ!?舞台から降りた場所で、舞台の上の緊張感も雰囲気も、オーディエンスとの一体感も、なにも感じ取れない所から届けられる歌声に、君たちは意味を見出せるってのか!?」


 拍手がちらほら、というかほぼなかった。首をかしげながら、不満そうな顔をしてマイケルは腰掛ける。

 グウェンの表情が変わって、どこか悲し気にマイケルや観客たちを見下ろした。

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