第2話:王子様になってくれますか?
※警告※
狭間の草原にヨモツカヅチ(毒種、大型)一体が出現中。
ランク「覇者」以下のプレイヤーは退避推奨。
赤き国と白き国。その境界にある「狭間の草原」。底抜けに開けた空と青々とした草の床が広がるその場所に、地を駆けるローブの少女と、それを追う魔物の姿はあった。
「きゃあっ!」
足がもつれたようで、少女が勢いよく転倒する。手にしていたバケットに詰められていた花が辺りに散らばり、巨大なトカゲの姿をした魔物が鼻息荒く、少女に顔を近づける。トカゲがグワと大口を開き、少女の青ざめた顔に被り付こうとした、まさにその瞬間――、一筋の剣閃が割って入り、魔物の鼻先を走った。
「タタラ様!」
「この草原には魔物が出ます。一人での遠出はお控えくださいと言ったでしょう」
音もなく現れたその青年は、砂で薄汚れた白いマントをたなびかせ、宝刀『白虎』を脇構えに置く。魔物は先の一振りで少しだけ怯んだ後、激高して吠え、タタラと呼ばれた青年に飛び掛かる。
「てぃや!」
振り下ろされた大トカゲの前脚をワンステップ後ろに下がって躱し、タタラは刀を左上に向けて斬り上げる。刀身から細やかな雪の結晶が舞い、胴と別れた魔物の頭が空に跳ね飛んだ。
タタラは刀を白鞘に納め、少女の方を向いて微笑む。
「それで、こんなところで何をしていたんです?」
「……花を摘んでいました」
ローブの少女は辺りに撒けてしまった花を一輪拾い上げると、腰を上げ、タタラの胸元に添える。
「満月のように綺麗で見惚れる身を成らす月鈴草です。タタラ様によく似合うと思って」
※討伐情報※
プレイヤー『タタラ』がヨモツカヅチ(毒種、大型)一体を討伐しました。
討伐報酬『怨炎の尾』が贈られます。
一二〇秒後、ベースキャンプに戻ります。
* * *
「『白の国の軍人』で『刀使い』で『男装の麗人』だからプレイヤー名が『タタラ』か。……まったく、随分と古いネタを使いますな」
ベースキャンプはクエスト出立前のプレイヤーたちで芋洗いになっている。戦闘を終えて戻ってきた杉本春希(プレイヤー名『タタラ』)の前に現れたのは、弓使いの格好をした井汲亜矢だった。
「もう! 鉄骨、アタシ、特典の剣が欲しいから『女性』で登録してって言ったじゃん! なんで『男』でプレイしてるうえに、勝手に始めちゃってるのさ!」
両頬を膨らませて愚痴を述べる亜矢に、春希は苦笑しながら謝る。彼女がゲームを始めて一ヶ月になる。ゲーム内で亜矢と顔を合わせる度、こんなやり取りを繰り返していた。
「あ、井汲さん、こんにちは。これからクエストですか?」
「こんにちは、黒崎さん。いや、用はないけどログインしただけ」
運営者から呼び出しを受け、受付カウンターに行っていた歩美が帰ってくる。その手には二枚の紙切れが握られていた。
「なにそれ?」尋ねる春希。
「ダンスパーティのチケットです。今夜、お城で開かれるそうですよ」
そう言うと、歩美は申し訳なさそうに顔を伏せる。
「ごめんなさい。男女で登録したペアのプレイ継続一ヶ月の記念に貰えるチケットみたいで、二枚しかないんです。それで、その……」
「いいって、いいって。二人で楽しんできなよ」
笑いながら手を振り、気にするなと亜矢。
「すみません。この埋め合わせは必ずしますから」小さく頭を下げる歩美。「……というわけで杉本さん、今晩ご一緒してくれますか?」
* * *
「おお……、初めて見た。迫力あるなぁ」
吊り上げられた巨大なシャンデリアを見上げ、タキシード姿の春希は感嘆の声を漏らす。
フカフカの赤い絨毯、会場中のテーブルに広げられた豪華な料理、正装で着飾った出席者たち。
「仮想現実の中とはいえ、実際に目にすると何というか……感激だな」
目の前に広がる光景に感激していると、「お待たせしました」と声を掛けられる。そちらの方を見ると、ドレス姿の黒崎歩美が立っていた。
「似合いますか?」
両肩を露出した少し大胆な姿。春希は見惚れ、一瞬だけ息をするのを忘れる。
「踊りましょう。お相手してくれますね」
優しく笑んでエスコートを要求する歩美の手を取り、春希は彼女と共にホールの真ん中の方に移動する。……と、ここまではよかったが、春希に社交ダンスの経験などない。この先をどうすればいいか困っていると、歩美が口を開いた。
「杉本さん、これ、受け取ってください」
歩美がアイテムウィンドウを呼び出し、手の平の上に小箱を呼び出す。空いた方の手で彼女が蓋を開くと、中には小さな宝石を携えた指輪があった。
「これは……」
「プレイ時間が共に五〇時間を超えると贈答が可能になるペアリングです。不思議な力が宿っていて、互いにコレを嵌めた男女で戦場に出ると、HPの回復時間が短縮されるとか」
アイテムとしての説明をしてから、歩美はゆっくりと首を左右に振る。
「でも、攻略のための装備品としてでなく、あたしはこれを、一般的に恋人同士の間で贈られるものとして渡したいです」
瞳を輝かせて見据えてくる歩美に、春希は押し黙ってただたじろぐ。
「杉本春希さん、あたしだけの王子様になってくれますか?」
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