第12話 先生②

 先生が言いました。


「きっと過去の出来事のために自分の感情を抑えてしまっているはずなんですけどねえ……?」


 ぼくは焦りました。

 こういう時は、先生の期待に応えなければ! というセンサーが稼働かどうしてます。


 頭の中でトラウマの箱を、片っ端からひっくり返しました。

 先生の言葉に見合うエピソードを探しました。


 ない! ない! いや、きっとあるはずなのに! 


 ひたすら義務感に駆られて、ふと夕立のような暗い影が差しました。


 期待に、応えなくてもいいかもしれない。


 けどもし、ここでカウンセリングの縁を断ち切れば、きっと二度と誰にも頼れないだろう。


 孤立の未来が、すぐ背後に切迫しています。


 とうとうぼくは、


「いやぁ……。ちょっと思いつかないですねえ……」


 と気味の悪いニヤニヤ笑いを浮かべて、答えてしまいました。




 心臓が膨れ上がって、れて、強烈な異臭を放ってるようです。

 苦しい。と心で唱えて相談室を出ました。


 疲れた疲れた疲れた疲れた。

 カウンセリングを受けた後の方が疲れてます。




 ちゃんと、トラウマを見つけることが叶わず、小さな日々の愚痴を捻り出してるうちに、先生は飽きてきたようです。


 先生は、ぽろっと零しました。


「みんな、そういうことに折り合いをつけて生きていくからね」


 あー結論を言われてしまった。と思いました。


 その場で、もう完全に元気です。何とかやっていけそうです。と伝えました。


 それでぼくは完治ということになって、見捨てられました。





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