第13話 女の子

 聞いて。聞いて。


 三歳くらいの女の子と電車で居合わせました。


 その子は歌を歌い、席を立ち、窓のブラインドをガチャガチャ引っ張り、座椅子に靴で立ちます。


 その子の向かいに座る若い母親は携帯機器の画面に夢中で、女の子がもう一度歌うと、急に「おい! 黙れや!」と怒鳴って、パチン! と女の子を叩きました。


 ぼくは母親が女の子のどこを叩いたか見てません。

 怖くて顔を動かせません。

 車外に顔を向けているようで、景色は何一つ像を結びません。


 脳内で忙しなく警報が鳴ってます。しかし、硬直状態です。




 女の子は二十分の走行時間中、五、六回叩かれてました。


 人目のある所でこれなので、母親と二人きりになったりしたらもっと酷く叩かれるのでしょうか。




 また女の子がマナーに反することをしたのか、パチン。パチン。と叩く音がしました。


 その後、女の子の哀れっぽい声が続きました。


「なんで叩くの? お母さん、わたし好きくないの?」


 ぼくは心臓が軋むほど痛むと同時に、その子に拍手喝采はくしゅかっさいです。

 ぼくより勇敢な一人の女の子を称賛したくてたまりません。


 そんな言葉が二、三歳で飛び出すものでしょうか。少なくともぼくは言ったこと無いです。


 母親が「好きだよ、もちろん。でも悪い子だから……」というようなことを周囲に聞かれるのをはばかりながら、女の子に言い聞かせました。




 女の子はたくさん叩かれて、けど、すぐ何かに気を取られて、数秒後には歌を歌い出したりしました。


 一周回って愉快になっちゃったぼくは「強く生きてくれ」と心の中でエールを送りました。




 ぼく自身はスーツなんか着てしまって、とうに社会人で、幼かった頃よりずっと暴力が遠のいた生活を送ってます。


 もし今も暴力にさらされてたらもっと当事者ぶって、女の子の訴えを自分に転化させて、若い母親を叱り飛ばしてあげられたかもしれません。


 だから今、ぼくが殴られる生活をしてないことを恥ずかしく思いました。





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