第9話 彼氏君

 聞いて。聞いて。


 初めての彼氏君に「俺らさ、進展ってしないの……?」とおそるおそる訊かれました。


 ぼくは、進展? 何それ? という感じです。

 本当に本気で彼氏君が何のことを話してるか分かりませんでした。ぼくらはプラトニックでした。


 彼氏君に尋ねられたその日は、痴漢に遭ってから二週間も経ってなくて、手をつなぐことやキス……からだの交わりが、ぼくの彼氏君に対する恋のドキドキとかキラキラとか青春と、かけ離れた概念でした。




 それを彼氏君に伝えられませんでしたが、で結局別れたけど、ぼくはそこだけは謝れないみたいです。


 だって、とぼけてたんじゃない。抑圧でした。


 ぼくは痴漢のことと、日常生活のあれこれを完璧に別の次元として切り離してたので、どう頑張って考えを巡らせようが、それを彼氏君に説明するどころか、それがトラウマだと自覚することもなかったわけです。


 痴漢に遭ったことと、からだのつながりに関する拒否反応を関連づけるようになったのは、ごく最近です。




 それに、不幸面し腐る面倒な恋人に成り下がるのはごめんでした。





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