第59話 明治十四年の政変 3

 開拓使官有物払下げ事件は北海道を開拓していた黒田清隆が、国の持ち物である施設や設備を、安く払い下げようとした事件である。


 なぜ問題になったかというと、その払い下げ先が、黒田の部下であった薩摩出身者が作った会社であったり、五代友厚のような薩摩出身の実業家の会社であったからだ。


 官有物払い下げは簡単に言うと、人々から集めた税金を使って1万円で建物を作り、それを100円で友達にあげてしまうようなものだった。


 1万円のものが100円で買えたので、買うほうは大儲けである。

 

 この時がどうかはわからないが、払い下げるほうと買うほうが繋がっていると「1万円のものを100円で売ってあげるから、こっち側にも100円ちょうだいよ」ということが起きる。


 権力のある人が、税金を使って、自分のお金を増やそうとするということだ。


 こういう話は馨らにもよくあり、反藩閥側の人たちは怒って、新聞で政府をめた。


 もっともそれでは新聞を書く側、藩閥とは逆の民権側みんけんがわの人が正義かというと、そういうわけでもない。


 三菱みつびし岩崎弥太郎いわさきやたろう土佐とさの出身で、民権派と近い関係になった。


 反三菱系の実業家勢力が力を持って行くのを嫌がり、政府と政府に近い実業家を攻撃するために批判している面もあった。


 そして、三菱には福澤門下の者たちが多く入っていた。


 薩長から権力を奪いたい政治的な勢力。

 慶応出身者の多い民権派の新聞。

 三菱などの実業家。


 それらの思惑が重なりあいながら、政府攻撃が始まったのである。


 本来、『開拓使官有物払下げ事件』は黒田の問題だった。


 しかし、大隈が公然と官有物の払い下げをやめろと黒田を非難し、それに新聞なども乗ったため、藩閥対反藩閥の話になり、黒田がというか政府側に付いた伊藤は大隈と対立することになった。


 官有物の払い下げの件は、元々、外に向かって発表されたものではなかった。


 誰かが新聞に情報を流して、それでおおごとになったと考えられた。


 官有物払い下げをスクープしたのは『東京横浜毎日新聞』と『郵便報知新聞』だった。

 東京横浜毎日新聞は沼間守一という元幕臣がやっている新聞だったが、沼間は後に大隈の立憲改進党に参加した人で大隈と関係があった。


 そしてなにより、報知新聞は慶應義塾出身の福澤の生徒で、大隈の部下である矢野龍渓やのりゅうけいが持っている新聞社だった。


 官有物払い下げのスクープを載せたのは福澤の生徒で大隈の部下がやっている新聞。

 そこに情報を流したのは誰か。


 新聞をやっている人間と関係が近いのは誰か。

 このスクープによって薩長が弱くなって、得をするのは誰か。


 明確な証拠はなかったが、状況的に大隈が疑われた。


 毅は馨にも博文にも福澤の関与や大隈が民権派と繋がって政府を弱らせようとしていると話したし、博文も今回ばかりは大隈の行為に怒った。


 大隈の追放を決め、博文は他の薩摩や長州の人とも相談し、明治天皇の旅行に大隈がついていっている間に、大隈追放の準備を整えた。


 そして、10月。


 大隈は政府から追放されて、大隈の部下たちもやめさせられたり、大隈に付いていくために自らやめたりして、政府から民権派がいなくなった。


 これが『明治十四年の政変』である。


 もっとも博文は大隈を絶対に許さないと思っていたわけではなく、その後も立場は違えど、私的に交流がなかったわけでも、大隈を強く嫌ったわけでもなかった。


 ただ、福澤に対しては、博文はいい感情を抱かなかった。


 実はこのことが起きる前、博文と馨は国が発行する新聞・公報こうほうについて福澤と相談していたりした。


 そのため、政変が起きると福澤は博文と馨に長い手紙を書いてきた。


 だが、博文は返事を出さなかった。


 福澤は何度か博文に手紙を送って、博文に返事をくれるようと求めたが、馨は福澤に返事することがあったものの、博文は決して返事を送らなかった。


 博文は初代総理大臣であり、明治を代表する政治家である。


 福澤は『学問のすすめ』で有名な、明治を代表する教育家である。


 しかし、二人の交流はここでなくなったため、明治を代表する二人の交わる話はまったくなくなった。

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