第60話 欧州に憲法研究へ

 明治十四年の政変の後『国会開設こっかいかいせつみことのり』が発表された。


 毅が文章を作ったもので、これは国の議会・国会を開きますよというお知らせだった。

 憲法けんぽうを作って、議会を作る。


 それは日本がさらに近代化に進むことだった。


 ところが、博文はまだどういう立憲体制りっけんたいせいにするか、決めかねていた。


 そのため、博文は憲法調査けんぽうちょうさということで、ヨーロッパに行くことにした。


 実は憲法調査はもっと前からずっとやっていた。


「今さら行かなくてもいいんじゃないか?」


 政府の中にもそういう意見がたくさんあった。


 それに大隈がいなくなった今、博文が政治の世界の中心なのだ。


 現代で言うならば、総理大臣が「ちょっと数ヶ月、日本を離れるよ」というようなもので、三条や岩倉たちも困ったし、同じ長州の仲間や、官僚たちもあまり賛成しなかった。


 そんな中、馨は博文の外国行きを支援した。


「どうか、欧州に行かせてやって欲しい」


 馨は博文の留守中は自分や山縣たちががんばるからと、博文の欧州行きに賛成しない人たちを説得して回った。


 博文は疲れていた。


 明治十四年の政変で怒っている時は元気に見えたかもしれないが、木戸や大久保が死んで以降、博文は疲労がたまり始めていた。


 政治の一番上になるということは、誰かが守ってくれるわけでも責任を取ってくれるわけでもない。


 周りの面倒も部下の面倒も見ないといけないし、相談に乗らないといけないし、責任を取らないといけない。


 岩倉や馨が相談相手になってくれるので、まだ良い面があったが、木戸たちが生きていた頃ほど気楽さはなかった。


 木戸たちがいた頃は一番上の責任者は木戸や大久保であり、博文は先進的な意見を言ったり、新しいことをしても、まだ若い政治家だからという感じでやってこられた。


 しかし、今はそうはいかない。


 それに大隈が裏切ったことも辛かったのかもしれない。


 権力闘争けんりょくとうそうとはそういうものである。


 だが、博文はみんなで手を取り合ってという意識が強かった。


 理想主義的りそうしゅぎてきな面があると同時に現実主義者げんじつしゅぎしゃでもあるので、うまく乗り切れるのだが、だからといって心が痛まないわけでも、疲れないわけでもない。


「あまり呑み過ぎないほうがいいですよ」


 腹心の部下である巳代治がそう止めるほど、博文は酒の量も増えていた。


 馨は博文に欧州の憲法や政治体制を調査させるのと同時に、休ませたいという思いがあった。


 また、博文は憲法調査に行くことで周りの意見に惑わされず、考える環境を得られるということもあった。


 周りというのは民権派や新聞や薩摩などだけではなく、博文の周囲も含まれた。


 毅はとても優秀で、明治政府の最高知識ともいえる人物であり、博文にとって頼りになる部下であった。


 だが、年の近い毅は、岩倉という後ろ盾もあり、気をつけないと博文が毅を使うのではなく、毅に博文がコントロールされそうになる。


 意見書の時も、毅が岩倉と相談して、先回りしていろいろと準備を進めていた。


 日本から離れて憲法を学び、同時にゆっくりとして体を休め、これからの日本を作っていく必要があった。


「お前も欧州に行くか、巳代治」


 博文の誘いに巳代治は喜んだ。


 巳代治はずっと外国に行きたいと願い、そのために役人になる道に進んだほどである。


 外国に行けると喜ぶ巳代治を見て、自分がイギリスに行った頃も、これくらいの年だったなと博文は少し昔を懐かしんだ。


 この旅で、巳代治は毅と共に『伊藤の双翼そうよく』と呼ばれるほどに成長し、博文を助けて行くことになる。

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