第43話 聞多、斬られる 2

 久坂は過激な行動を止めようとしたが止められず、長州の兵たちは来島又兵衛きじままたべえに率いられ、御所に向かっていき、そこの警備をしていた会津・桑名の兵と衝突し、戦闘になった。


 戦闘中、他の門を守っていた薩摩の兵が会津の加勢にやってきて、来島は後に日本警察の父となる川路利良かわじとしよしに狙撃され、助からないと悟って自害。


 久坂は後から戦闘に参加し、鷹司輔煕たかつかさ すけひろという公家の邸宅に入って、朝廷に歎願をさせて欲しいと頼んだが、鷹司が拒絶し、そこで自害する。


 理由や経緯はどうあれ、長州藩は天皇のいる御所を攻撃した。


 その罪を問われ、長州は幕府軍に攻め込まれる寸前だった。


「幕府軍に応戦しよう!」

 

 そう主張する者もいれば。


「いや、、理由はどうあれ、御所の門を撃ってしまったのは事実なのだから、謝罪して幕府に従おう」


 と主張する者もあった。


 幕府に従うほうが優勢であったが、聞多は幕府と戦おうと強く主張した。


「一応、従って見せたようにするのはいいけれど、それと同時に幕府と戦う準備をするべきだ。もし、幕府が無茶な要求をしてきたら、その時は武力をもって対抗しよう!」


 意見は賛否両論さんぴりょうろんがあったが、藩主は聞多の意見を採用さいようした。


 これで丸く収まったかに見えたが、聞多の『武備恭順ぶびきょうじゅん』という主張を認めない者たちがいた。


 ある夜。


 聞多が会議を終えて帰ろうとすると、一人の武士に呼び止められた。


「聞多さんでありますか」


 武士の問いに聞多は疑うことなく答えた。


「そうじゃ」


 その瞬間、武士とは別の人間が聞多の両足を持って、背中を強く押し、前に倒した。


 取っ組み合いになり、また別の一人が刀を抜いて、聞多を斬りつけた。


 聞多は立ち上がろうとしたが、後頭部を斬られ、刀を抜いて応戦しようとしたが、また違う刺客しかくに顔を斬られ、右頬から唇にかけて、深く斬り込まれた。


 そこからは腹や足を集団でめった斬りにされた。


 もう助からないと思うほど斬られた聞多だったが、暗い中での戦いであったため、刺客は途中で聞多を見失ってしまった。


「あれだけ斬ったんだ。もう死んでいるだろう」


 刺客は立ち去り、傷だらけで激しく出血した聞多だけが残された。


 聞多はもはや痛みも感じられないほど重傷で、発見した農民が慌てて聞多を家まで運んだ。

 

 聞多が刺客たちに襲われた時、俊輔は下関にいた。


 下関に連絡が入り、聞多が刺客に襲われて、瀕死ひんしの状態だと知った俊輔は、急いで山口に戻り、聞多の元に駆けつけた。


「聞多!」


 俊輔が駆けつけた時、聞多はかろうじて生きていた。


 美濃みの浪士ろうし所郁太郎ところいくたろうが聞多の傷を縫い、一命をとりとめたのだ。


 麻酔も無しでの手術であったが、聞多はそれに耐え、郁太郎も午前二時まで聞多の傷を縫い続け、聞多の母は懸命に聞多を看病した。


 実は聞多はもう自分が助からないと思い、兄に介錯かいしゃくを頼み、死のうとしたのだが、母がそれを必死に止め、そこに郁太郎が駆けつけて、聞多の命は助かった。


 もし、どれか一つでも欠けていたら、俊輔が聞多に会えることは二度となかったかもしれない。


 しかし、本当にかろうじて生きている状態で、動くことが出来ないどころか、話すことも出来なかった。


 聞多の傷だらけの姿に、俊輔は涙を流した。


「こんな……こんなことって……」


 俊輔の流した涙が流れ落ち、聞多の顔の上にその涙が落ちた。

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