第41話 下関戦争と講和 3

 俊輔が船に入ると、ユーライアラス号の艦長アレキサンダーが足の治療をしていた。


「大変ですね、大丈夫ですか」


 俊輔が英語でお見舞いの言葉をかけると、アレキサンダー艦長は苦笑した。


「君の国の人間のいたずらでえらい怪我をした」


 苦笑はしたものの、俊輔に敵意があるわけではなく、アレキサンダーは四か国連合の司令長官クーパーに面会させてくれた。


 クーパーは藩主との面会を求めたが、俊輔は藩主は御病気なので代理が来ていると説明した。


「わかった。ともかくその代理と会ってみよう」


 和議に持ち込むきっかけが出来たので、俊輔は艦から空砲を撃ってもらった。


 しばらくして、浅黄色あさぎいろ陣羽織じんばおりに、黒の烏帽子えぼしという姿の高杉がやってきた。


 高杉は堂々とした態度でクーパーと面会し、馬関海峡の外国船の通航や、航海に必要な品を売ること、下関の砲台の撤去などを約束したものの、賠償金ばいしょうきんの支払いは断った。


「今回、我々が外国船を攻撃したのは、幕府が朝廷に攘夷を行なうと約束し、諸藩にそれを命じたためだ。そのため、責任は幕府にあるので、賠償金は幕府に請求してもらいたい」

「よろしい。そうしよう」


 クーパーはその提案を素直に受けた。


 300万ドルの賠償金は長州には払えないことを四か国側もわかっていたのである。


 長州が幕府に払ってもらってくれと言うなら、互いにとって好都合だった。


 ただ、四か国側は幕府ではなく長州に直接、要求したいこともあった。


彦島ひこしまを我々の租借地そしゃくちとしたい」


 租借地とは、条約により他国の土地を一定期間、借りるということである。


 名目は“借りる”だが、実際は借りる国にその土地が支配されることが多かった。


 彦島は下関のすぐ南にある大きな島である。


(ここに外国人が押し寄せたら大変なことになる)


 俊輔がどう答えるのかと待っていると、高杉は急に突拍子とっぴょうしもないことを言い出した。


「そもそも我が国は神代しんだいの昔に伊弉諾いざなぎ伊弉冉いざなみが……」


 急に『日本書紀にほんしょき』や『古事記こじき』に載っている日本神話の話を始めたのだ。


 俊輔の英語力ではとても訳せなかったし、日本語が得意なサトウにも翻訳は無理だった。


 とうとうと日本神話の話を続ける高杉に根負けし、クーパーは彦島を租借地にするという話を取り下げた。


 この彦島の話は、明治の終わりになって博文となった俊輔が回想したもので、きちんとした記録に残ってはいない。


 ただ、当時の状況だと、日本の港や海に近い島などが外国の土地にされてしまう可能性は大いにあった。


 高杉がそれを阻止したのは本当かもしれないし、俊輔にとって明治の終わりになっても思い出すほど、高杉は大事で思い出深い人だったのは確かである。

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