第38話 日本帰国 3

 その問いに俊輔と聞多は首を振った。


「僕たちは全身全霊で藩の意見を変えようとしています。でも、万が一、藩主様を始め、みんなが意見を変えてくれない時は……」

「もはやどうにも出来ないから、戦いの先頭に立ち、あなたの国の砲弾ほうだんに当たって死ぬつもりだ」


 二人の決意にオールコックは拍手を送った。


「まさしくサムライですな」


 オールコックは二人の決意を称賛しょうさんし、横浜から歩いて長州に戻るというのを引き留めて、イギリス軍艦で送ると言った。


「それでは姫島までお願いします」


 いきなりイギリスの軍艦で下関に乗りつけたらおおごとになるので、二人は瀬戸内海にある姫島まで送ってもらうことにした。


 軍艦で送ってもらう時に、俊輔と聞多はサトウと親しくなった。


「私もUCLに通っていたんですよ」


 サトウは俊輔たちがイギリスで聴講生として入学したUCLの生徒だった。


 短い間の留学であったが、サトウは俊輔たちにとって先輩ということになる。


「あそこはいい大学です。私の父は私をケンブリッジ大学に入れたかったようですが、私はイングランド国教会の教徒ではなく、ルーテル派のプロテスタントでして。それに私は高い階級の家の子ではなかったので、学位を取れない可能性も高かったから、UCLに進学したのですよ」


 UCLは俊輔たちのようなアジア系の人間だけでなく、非国教会系の欧州人にとっても救いとなる大学だった。


 そんな共通点からか、三人は姫島に向かう間に、親しくなっていった。


 特に俊輔はサトウと気が合い、この後も交流が続くことになる。


 サトウという名字は日本人っぽいが、サトウはスラヴ系ドイツ人という欧州系の外国人である。


 たまたまスラブ系の珍しい名字にサトウがあったのだが、日本人に多い名字である佐藤さとうに似ていることで、親しみを持つ人も多く、親日家しんにちかのサトウにとっては日本人との交流に役立つ、うれしい偶然ぐうぜんだった。


 姫島に着くと俊輔と聞多はサトウたちにお礼を言って、降りていった。


 しかし、二人を見送るサトウに、サトウの日本語教師である中澤は辛い予想を伝えた。


「六割から七割くらいの確率で、彼らの首は斬られるだろう。我々が再び彼らを見ることは出来ないかもしれない」


 幕末という時代は、簡単に人が死ぬ。


 吉田松陰もそうであったし、この少し前、俊輔とは古い付き合いであった吉田稔麿も池田屋事件で死んだ。


 二人の姿を見るのは最後というのは、おおげさな話ではなかったのである。

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