第37話 日本帰国 2

 俊輔と聞多の必死の頼みにオールコックは折れた。


「わかった。ただ、私一人では決められない。フランス、オランダ、アメリカの公使とも話し合うので、少し待っていてくれ」


 二人はオールコックの返事にホッとしたが、まだ問題があった。


 俊輔たちの身の安全である。


「幕府の目が光っています。今は外国人居留地の中にあるホテルに滞在して、オールコック公使が他の公使と相談する結果を待ってください」


 サトウは二人にそうすすめた。


 急いで日本に帰ってきた二人だったが、藩のお金を勝手に使っただけでなく、そもそも二人は密航という罪を犯していた。


 幕府の許可もなく、勝手に外国に出るのは罪である。


 そのため、もし、イギリスから帰ってきたのがバレたら大変なことになるのだ。


「長州の人間であると気づかれないよう、決して日本語を使ってはいけませんよ」


 サトウの忠告ちゅうこくを聞き、二人はポルトガル人のふりをして、横浜のホテルに泊まった。


 俊輔はデポナーと名乗って外国人のふりをした。


 ホテルのボーイがそれを信じたのは良かったのだが、日本語がわからない外国人と思ったらしく、ひどい言いようだった。


「今回、ホテルに来たポルトガル人は、顔は日本人に似ていてかしこそうだが、ケチで金を使わないな」

「初めて日本に来て、金の使い道もわからないのだろう。それに、あの二人の顔を見るに、ポルトガル人の中でも最下層さいかそう貧乏野郎びんぼうやろうだろう」


 言葉がわからないと思っているのか、俊輔たちのいるところでも平気でそんなことを言った。


 頼みごとをしても散々だった。


 初夏しょかが出る季節なので、蚊帳かやを釣って欲しいと俊輔はボーイに頼んだ。


 蚊帳とは虫が入らないようにする細かい網で、寝てるときに蚊に刺されないための大事なものだった。


 しかし、ボーイは俊輔が日本語がわからないと思ったのか悪態あくたいをついた。


「蚊帳を釣ってくれだとよ。この毛唐人けとうじん、勝手なこと吐きやがる」


 毛唐けとうとは欧米人をおとしめて言う言葉である。


「穴の開いた蚊帳でも釣ってやろうぜ」


 ちゃんとした蚊帳ではなく、穴の開いた蚊帳を適当に釣ろうとボーイたちは笑い合っていた。


 当然ながら俊輔たちは日本語がわかるわけだが、長州の人間だとバレないよう、黙って我慢しないといけない。


 言葉がわからない外国人にひどい仕打ちをするのは、どの国の人間も変わらないなと思ったかもしれない。


 2、3日すると、イギリス公使から迎えが来て、二人は夜中に公使館を訪れて、オールコック公使と面会した。


「他の三国の公使も同意したから、急ぎ、長州に帰って、藩の人間を説得して欲しい」


 オールコックは藩主に送る手紙を俊輔たちに託したが、同時に、日本という国をよく知っているオールコックは二人の行く末を心配した。


「たとえ無事に長州藩に戻れたとしても、藩主を始め、藩の重臣たちが君たちの意見を採用するとは考えづらい。もし、君たちの意見が通らない時は、再び、イギリスに渡る意志なのか?」

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