第32話 イギリス密航 10

「これから汽車に乗ってアメリカン・スクエアに参ります」


 アメリカン・スクエアとは街の名前である。


 俊輔と聞多は駅に連れて行かれて、汽車を見て、目を丸くした。


「すごい……」


 大きな車輪を持った力強い鉄の乗り物。


 日本に駕籠かごや馬しかない時代、汽車は驚くべき乗り物だった。


「さ、どうぞ」


 きっぷを買ってもらい、汽車に乗る。


「お、おおおお!」


 煙を吐いて汽車が走る。


 窓から見る景色は、駕籠などとは比べ物にならない速さで流れて行く。


「すごいな、イギリスは!」

「本当にすごい……。こんな乗り物にどんな人も乗れるんだ」


 汽車の速さ、さまざまな乗客、それらを見ている内に汽車が駅についた。


 ジャーディン・マセソン商会の案内人に連れられて宿に行くと、先客がいた。


「勝、庸三、謹助!」


 三人の姿を見て、俊輔と聞多は駆け寄った。


「良かった~! 勝たちも無事に着いたんだ!」

「それはこっちの台詞だよ。そっちのほうが先に出たのに、イギリスに着いてみたら俊輔たちがいなくて、もしかして、途中で沈んだんじゃないかって、心配したんだからな!」


 俊輔と勝が抱き合って喜ぶ。


 勝の言葉通り、船が沈没しててもおかしくなかったし、途中で病気や事故で亡くなっていてもおかしくなかった。


 日本を出発した五人が、全員無事で再会できたのは奇跡だったのだ。


「そっちの方が早かったとは」


 驚く聞多に謹助がうんうんとうなずいた。


「ホワイト・アッダー号のほうが大きかったからだと思う」

「早くは着いたけれど、船の中ではこき使われて大変だった。勝たちと一緒に抗議に行ったんだが……」


 庸三の話を聞き、俊輔も聞多もくるっと庸三のほうを見た。


「そっちもか!」

「ペガサス号に乗った俺たちも大変だったんだ」


 お互いに航海中のことを報告しあい、そして、出発前の話になった。


「ホワイト・アッダー号の船長に、ジャーディン・マセソン商会の上海支店長から『航海術』を学びたいと伝えられたと言われたんだけど……」


 みんなの視線が聞多に向く。


「もしかして、あの時の……」

「聞多の『ナビゲーション』が……」


 視線が集中した聞多は慌てた。


「い、いや、あの時はみんなも俺の単語がおかしいと言わなかっただろう!」


 慌てる聞多に四人が笑う。


 その後、五人はジャーディン・マセソン商会のロンドン社長ヒュー・マセソンと会った。


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