第30話 イギリス密航 8
二人が言い合っているところに、ペガサス号の乗組員であった士官が忘れ物を取りに船に戻ってきた。
「ちょうどいいところに!」
聞多はその士官を呼び止めた。
「食事のできる店に案内してくれないか?」
それくらいの英語は出来るようになっていたので、士官にも言葉が通じた。
「ああ、いいよ!」
士官もこころよく応じてくれたので、聞多は俊輔に声をかけた。
「船を降りて食事店に行ってくる。俊輔はここでジャーディン・マセソン商会の人間が迎えに来るのを待ってろ」
「わかった。いってらっしゃい……」
お腹が空きすぎて、力なく俊輔が手を振る。
船を降りて、聞多は驚いた。
街には三階建て、五階建ての建物がすき間なく並び、たくさんの人が歩いている。
「おおっ!?」
聞いたこともない大きな音に聞多が視線を向けると、あちこちで汽車が走っているのが見えた。
工場からは黒い煙がたなびき、港の中では商売用の蒸気船や風帆船が
街の賑やかさは、聞多が茫然とするほどだった。
聞多の案内をしてくれるという士官が、道の先で聞多を呼ぶ。
「あ、ちょ、ちょっと待ってくれ」
慌てて聞多は手帳を出した。
こんな人の多い場所で案内人がいなくなったら絶対に迷ってしまう。
聞多は帰り道がわからなくなることがないよう、道をメモしながら歩いた。
「おい、邪魔だ!」
士官の後を追いながら、メモを取っているので、うっかり道行く他の人にぶつかってしまい、怒られた。
聞多は平謝りして、士官の後を追い、しばらくすると、士官がある店の前に止まった。
「ここで食べるといい。店員には僕から話しておこう」
士官は店員に向かって、聞多のために食事を用意するよう頼み、去って行った。
店は高級なところではなかったから、出てきた料理は塩漬けの豚肉と乾燥したパン、それに半熟の卵だけだったが、お腹の空いていた聞多はおいしく食べた。
「これと同じものをもう一つ用意して、包んでくれ!」
支払いの時、聞多はそのあまりの値段の高さに驚いたが、それより帰り道が心配だった。
手帳に書いた地図を逆さにして、辿って歩いたものの、道に迷い、間違えて
税関とは外国から持ち込まれたものをチェックしたり、それにかかる税金を集めたりする仕事である。
「何をしている!」
勝手に入ってきた聞多は税関の役人に怒られた。
「す、すまない。船に戻ろうと思ったのだけど、道に迷って……」
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