第29話 イギリス密航 7

 言葉を覚えなければ文句どころか、船員の命じたこともわからず、叩かれるばかりである。


 なんとしても言葉を覚えなければと必死になった。


 同時にこの頃にはもう俊輔も攘夷から気持ちを変え始めていた。


「聞多の言う通り、僕たちは外国にしっかり学ばないとダメだな」

「おう、そうだろう!」


 ついに俊輔が同意してくれたので、聞多はうれしくなった。


「辞書で言葉を覚えて、船員の声を聞いて照らし合わせて、とにかく単語だけでも覚えてないと……」

「そうだな。イギリスに着いたら、もっと英語がわからないと、どうにもならん」


 ペガサス号での暮らしは、四カ月以上あり、その間、俊輔たちは、怒鳴られ、こき使われ、食事どころか飲み水も満足になく、さんざんだった。


 もし、俊輔と聞多の体が頑丈で無かったら、航海の途中で死んでいたかもしれない。


 実際、ここまで過酷かこくではない留学でも、合わない食事や環境で、体と心を病んでしまい、亡くなってしまう留学生は多くいたのだ。


 仮に俊輔が大きな病気をしても、ジャニーと俊輔たちをあざける船員たちは助けてくれなかっただろう。


 もっとも日本人に厳しい態度の外国人ばかりではない。


 五人がイギリスでお世話になるアレキサンダー・ウィリアム・ウィリアムソン教授は外国人だからと差別しない、自由と平等を愛するイギリス紳士だった。


 ペガサス号がアフリカ大陸を周り、イギリスに向かう。


 そして、ついにロンドンへと到着したのが9月23日である。


 ペガサス号がロンドンの港に入ると、船長たちは税関ぜいかんの手続きをして降りて行った。


「後でジャーディン・マセソン商会の人間が迎えに来るから、船で待っていろ」


 船長が英語でそういう説明するのくらいは、俊輔も聞多も聞き取れるようになっていた。


 俊輔と聞多は船長の言葉に従って迎えを待っていたが、昼頃になっても誰も来ない。


「船が港に入ったの、いつだっけ」

「朝だったから、もう結構な時間が経っているな……」


 船長たちは朝に降りてしまったので、二人は朝食も食べていなかった。


「このままだと朝食べないだけでなく、昼も抜きになりそう……」


 俊輔がぐうっとお腹を鳴らす。


「でも、食べ物を買うために上陸してしまうと、迎えの人間と入れ違いになってしまうかもしれないからなぁ」


 現代と違って携帯などで連絡が取れるわけではないので、会えなかったらそれこそ大変なことになるのだ。


「そうだ。どっちかが船を降りて、食べ物を買って来ることにしないか?」


 俊輔は聞多の提案に首を振った。


「もうお腹が減って歩けない……」

「腹が減って歩きたくないのは俺も同じだ。でも、そんなことを言っていても、腹はふくれないだろう?」

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