第28話 イギリス密航 6

「こんなのおかしい!」


 しばらくは耐えていた勝だったが、航海の途中で怒り出した。


「庸三、謹助、船長のところに抗議に行くぞ!」

「でも……」


 温厚な謹助はためらっているようだったが、負けん気の強い勝は抗議する気満々だった。


「俺たちは高い金を払って船に乗った客だ! それなのに、なんでずっとこんな扱いなんだ。抗議してやる!」


 庸三は勝の提案にうなずいた。


「俺も賛成だ。三人で抗議に行こう」

「おう、船長に言ってやる!」


 勝は庸三と謹助と共に船長室に向かった。


 そして、船長に会うと、勝は物怖ものおじせず、まっすぐに抗議した。


「我々はきちんとお金を払って客としてこの船に乗っているはずだ。なのに、どうして下っ端の水夫として扱われているんだ! おかしいだろう!」


 すると、ホワイト・アッダー号の船長は笑って答えた。


「君たちの希望だろう? ジャーディン・マセソン商会の上海支店長からの手紙に書いてあった。君たちは『航海術』を学びたいと。船の航行こうこうを学びたいなら、現場作業が一番だろう?」


 勝が驚くのを見て、庸三が勝の服を引っ張った。


「なんて言ってるんだ、勝」


 勝が二人に説明すると、二人も驚いて目を丸くした。


 その様子を見て、船長は話を続けた。


「君たちが航海術を学びたいというから、仕方なく、こうやって海に慣れていない君たちを船員として使っているんだ。教育をしてやっているんだから、感謝して欲しいね」


 船長はニヤニヤ笑って答えたのだった。


 俊輔や勝たちが一番下っ端の水夫として扱われるようになったのは、ジャーディン・マセソン商会の上海支店長・ケルスウィックに、何が目的で行くのかと聞かれた時に、聞多がナビゲーションだと得意げに答えてしまったことが原因と言われている。


 しかし、実際のところは、言葉のわからない日本人だと思って、金だけ取って、ひどいあつかいをしていたのかもしれない。


 明治時代になり、俊輔の部下となる金子堅太郎が船に乗った時のこと。


 一等の船室の代金を払ったのに、案内されたのは水夫の部屋だった。


 金子は10年近いアメリカ留学経験があり、ハーバードも卒業していて、英語もペラペラだったので、すぐに抗議をした。


「ここは水夫の部屋じゃないか。どういうことだ!」


 すると、船員はそのあまりに綺麗な英語に驚き、船長まで謝りに来て、間違えましたと言って、ちゃんとした船室に案内した。


 言葉のわからない日本人というのは、簡単に下に見られてしまうのである。


 俊輔たちはまさにその状態で、ジャニーとあざけられ、笑われながら、たくさんの仕事を押し付けられた。


 それでも文句の言葉一つ言えないのだ。


 俊輔は仕事の後、どんなに疲れていても聞多と一緒に持ってきた辞書を引いて、なんとか言葉を覚えようとした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る