第10話 吉田松陰の死 2

 こちらが誠意を尽くして話せば、相手の心は動く。


 吉田松陰という人はそういう人間の正義を信じる理想主義的な心の持ち主であり、松下村塾の弟子たちだけでなく、幕府の役人にも同じ気持ちで接した。


 しかし、幕府の老中の暗殺計画を口にして、放っておけようはずがなく、松陰は死刑となった。


「死刑決定から斬首までの時間が早すぎた。もう少し時間があれば、なんとか出来たかもしれないのに……」


 小五郎は秀麗しゅうれいな顔の眉をひそめ、苦悶くもんの表情を浮かべた。


 井伊直弼のやり方は苛烈で、本来なら首を斬られるような罪ではないはずの人たちまで殺されてたので、その驚きは大きかった。


 小五郎は松下村塾の生徒ではなかったが、藩校である明倫館めいりんかんで松陰から兵学を学んでおり、その後も松陰の門弟もんていの一人という形で松陰との関係が続いていた。


 そのため、松陰を救えなかったことが小五郎には苦しかった。


 小塚原についた四人は、幕府の役人から一つの樽を受け取った。


 樽をあけると、中には松陰の遺体があった。


 そこにあったのは首と体が離れた遺体だった。


 斬首のため、体から離れた首は髪が乱れて顔にかかっていた。


 体のほうは服がぎ取られて、はだかだった。


 斬首された時のものであろうか、その裸の体はまだらに血がついていた。


 変わり果てた松陰先生の姿に、四人は言葉を失い、悲しみと怒りがこみ上げた。


「……洗うのを手伝ってください」


 小五郎は怒りを押し殺した声で幕府の役人を呼び、松陰の胴体を洗うのを手伝わせた。


 首は小五郎たちだけで綺麗に洗い清めた。


 乱れた髪を結い直し、顔を洗って綺麗にした。


 四人は綺麗になった松陰の胴体と首をひしゃくの柄を使って繋げようとした。


 当時の考え方では死刑であっても首と体が別々にならないほうが刑が軽いという考え方があったのだ。


 首と胴体が別になるというのはそれだけ辛いことだった。


 そのため、四人は松陰の首と胴を繋ごうとしたのだが、幕府の役人に止められた。


「やめろ、それは違法いほうだ」


 首を斬る『ざん』という罪を負った人間の首と胴体を繋げるのは法に反するというのである。


 小五郎は形のいい唇を噛みながら、黙って襦袢じゅばんを脱いだ。


 その意図に気づいた飯田は下着を脱ぎ、利助は自分の帯を外した。


 裸の松陰にせめて服を着せてあげたかったのである。


 松陰にそれぞれが脱いだものを着せると、その体の上に首を乗せ、持ってきた大きな陶器に松陰を丁寧に入れた。


 陶器にふたをした後、回向院えこういんという同じ安政の大獄で亡くなった橋本左内が眠る寺院に松陰を埋葬し、『二十一回猛士之墓にじゅういっかいもうしのはか』と題した墓標ぼひょうを立てた。

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