第6話 師と出会う 2

 藩の命令で仕方なく来ているという態度ではなく、時間を見ては黒船や諸藩の警備の様子を調べている利助に感心したのだ。


 来原は隊長になるくらいなので強かったが、頭も良かった。

 いわゆる文武両道の人だったのだ。


「お前はどこかの塾で勉強をしていたのか?」

「ここに来る前は久保塾で勉強をしていました」

「そうか。相州に来たことで、その勉強が中断された形か。よし、俺がお前の勉強を見てやろう。明日の朝は早く起きるように」


 警備の仕事の前に勉強を見てやると来原は言うのだ。


 来原はこの時、二十七歳で、気力も体力も充実しており、かつ、後輩を教える能力があった。

 翌日。


 まだ太陽も登らない朝四時頃に、来原は利助を起こしに来た。


「おはようございます……」


 朝早すぎて、利助はまだ半分寝ぼけていた。


「おう、おはよう!」


 来原は馬に乗ると、寝ぼけた利助の体をひょいと持ち上げた。


「え!?」


 驚く利助に来原は豪快に笑った。


「まだ眠いのだろう。このまま運んでやるからおとなしくしていろ」


 来原は片手で利助を持ち、片手で馬を操り、勤番小屋きんばんごやに向かった。


 人間一人を抱えたまま、馬を操るのはとても難しい。


 来原が優れた馬術の持ち主だという証拠である。


 馬術だけでなく、来原は学問にも優れていて、利助に書経しょきょう詩経しきょうといった中国の古典を教えてくれた。


 幕末の頃は四書五経ししょごきょうという中国の古典を学ぶのが大事とされていたのだ。


 しかし、来原はただ古くからの勉強だけでなく、西洋のことを学ぶのも必要だと思っていた。


 来原は利助が相州警備にいる間、ずっと勉強を見てくれた。


 数十年後を知る人ならば、利助は初代総理大臣になる人物であり、見込みありとして勉強を見るのは当たり前かもしれない。


 でも、この頃の利助はただの中間の子でしかない。


 武士の家来の子どもでしかない利助を、それなりの家柄の来原が面倒を見るのは異例のことであった。


 伊藤博文は大人になってもずっと来原に感謝した。


 この宮田で利助はもう一つ後に繋がる出会いをする。


 十六歳の利助より二歳下の少年・井上勝いのうえまさるである。


 利助が相州警備の一員となった時、勝の父・勝行も利助や来原とは違う隊の隊長として、相州警備の任務にいたのだ。


 勝行は息子に広い世界を見せるため、山口から相州まで勝少年を連れて来たのだろう


 勝は利助と違い、父の勝行はれっきとした長州藩士だった。


 オランダ人から西洋の兵学を学んでいた勝行は、開明的な人物で、その立場の高さと父の考え方が後の勝に影響したと思われる。


 利助は一生の中で、三人の井上と深く関わることになるが、最初に出会ったのが、後に『日本の鉄道の父』と呼ばれる井上勝であった。

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