第2話 俺は武士だ! 1

 伊藤博文は周防国熊毛郡束荷村すおうのくにくまげぐんつかりそんという場所でうまれた。


 今の山口県光市である。


 小さい頃の伊藤は、利助りすけという名前だった。


 祖父の名前が助左衛門で、曾祖父の幼名が利八郎だったため、そこから一字ずつ取って、『利助』と名付けられたのである。


 利助の両親にはなかなか子供ができなかったため、利助は待ち望んだ子どもだった。


 赤ちゃんの時の利助はとても気が短く、ちょっと気に入らないことがあると大声で泣いた。

 でも、機嫌が直るとすぐに笑い声をあげ、ずっと機嫌が悪いということがない子だった。


 利助は百姓の家の一人っ子だったが、暮らしはとても貧しかった。


 江戸時代は武士が一番えらくて、その下に農民と商人と職人が横並びという状態だったが、それが豊かな順とは言えなかった。


 武士よりお金持ちの農民もいたし、武士にお金を貸す商人もいた。


 でも、利助の家はそういったお金持ちの農民・富農ふのうの家と違い、とても貧乏で、さらに借金まであった。


 利助が六歳の時に、父・十蔵じゅうぞうは借金を返すために、もっとお金の得られる働き口を探そうと、はぎに仕事を探しに出た。


 父は萩で木こりをしたり、雇われて畑を耕したり、雑用の仕事などをして、大事な一人息子の利助と親子三人で暮らすために必死で稼いだ。


 利助は母・琴子と共に母の実家である秋山家で過ごすことになった。


 その頃には利助も六歳になっていたので、村の寺小屋に通うことになった。


 記憶力のよい利助は、寺子屋の中でも一目置かれる存在になっていった。


 よく泣き、よく笑う赤ちゃんから、やんちゃな子供になった利助は、木登りをしたり、川で釣りをしたり、泳いだりして遊んだ。


 そして、棒切れを見つけては、腰に差していた。


「利助、それ何してるの?」


 幼なじみの丑之助うしのすけに聞かれ、利助は胸を張った。


「これは刀の代わりだ。俺は武士だからな」


「武士なはずないだろう」


 丑之助たちに笑われても、利助はまったく譲らなかった。


「いいや、武士だ。俺の先祖は武将だったんだ。今は没落ぼつらくしているが、いつか俺も刀を差して歩くんだ」


 利助は自分の家の先祖は林淡路守通起という武将だったと教えられていた。


 負けず嫌いの利助は、からかわれることがあっても、自称・武士をやめなかった。


 口先だけでなく、利助は体力もあり、相撲も強かった。


 そして、子供らしくいたずら好きだったが、ある日、いたずらが大人に見つかった時、みんなはワッと逃げ出したのだけれど、利助だけが逃げなかった。


「どうして逃げなかった。わかった、お前がいたずらの親玉だな!」


 いたずらをしようと提案したのは利助ではなかったので、それは否定したものの、利助は逃げようとはしなかった。


「いたずらをしてはいけないと思ったけれど、みんながやれやれというから、俺も一緒にやった。でも、いたずらをやったのは間違いないし、お仕置きを受けるなら、俺が一人で受ける」


 利助はお仕置きを恐れず、かつ、みんなのお仕置きを一人で受けるために残ったのだ。

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