伊藤博文

井上みなと

第1話 日本を救うため、急げ急げ!

 1864年、英国倫敦イギリスロンドン

 

 日本では江戸時代の終わり、幕末の頃。

 京都で新選組しんせんぐみが結成された次の年。


 長州藩ちょうしゅうはん出身の五人の若者が英国に留学をしていた。


 留学といっても、江戸時代は外国に行くのが簡単に許される時代ではないので、五人は密航みっこう……つまりないしょで外国に来たのだ。


 その五人の元に驚きのニュースが知らされた。


「長州が外国と戦争を始めた!?」


 記事ののった新聞を手に、五人はこれからどうするか話し合った。


「急いで戻って長州を止めないと! 勝てるはずがない!」


 半年前、初めてイギリスの地を踏んだ五人は、日本とは比べ物にならないほど発展したイギリスを見て、すぐに外国人を追い払う『攘夷じょうい』など無理なことを理解していた。

 

 しかし、外国を見たことのない人たちにはそれがわからない。

 

 それを伝えるために、日本に戻ろうという意見が出たが、いくつか問題があった。


「まだ留学して半年くらいしかたってない。やっと英語の新聞が読めるくらいになって、これから専門の勉強をしようって時なのに……」


 五人が外国に留学したのは、海軍や外国の進んだ科学などの勉強をするだった。

 でも、その専門の勉強がまだ全然できていない。


「それに、この新聞記事を見ると、長州が外国と戦争を始めたの、去年じゃないか?」

「本当だ。薩摩さつまも八月にイギリスと交戦こうせんと書いてある」


 今のようにすぐに情報が伝わる時代ではなかったので、五人は何も知らずにイギリス留学を続けていたのだ。

 

 五人が密航のために横浜を出た頃には、長州はすでに外国と戦争を始めていた。


「今から戻っても、もう間に合わないんじゃ……」

「仮に間に合っても、藩のお金を勝手に使って留学しているから、打首うちくびになるかもよ」


 実は五人は長州藩が武器を買うために用意したお金を勝手に使って留学している。


 日本に戻っても、話を聞いてもらうどころか、すぐに捕まって牢屋に入れられて、死刑になってしまうかもしれない。


「それでも……日本に戻ろう!」


 伊藤俊輔いとうしゅんすけ、後の伊藤博文いとうひろぶみはそう主張した。


「勉強は大事だ。でも、勉強をしている間に、自分たちの帰る国が無くなってしまったら意味がない。間に合わないかもしれないけれど、日本に帰ろう」


「打首になるかもしれなくてもか?」


「それは覚悟の上だ」


 迷いのない伊藤の言葉に、山尾庸三やまおようぞうは静かに頷いた。


「わかった。では、それぞれの下宿に戻って帰国準備をしよう」

「いや、山尾たちは残ってくれ」


 伊藤は自分たちを二手に分けるという提案をした。


「僕と聞多もんたで日本に戻る。山尾とまさる遠藤えんどうは英国に残って勉強を続けて欲しい」

「でも、俊輔……」

「勝、きっとみんなの勉強はこれからの日本の役に立つ。僕たちの分まで、しっかり学んでくれ」


 伊藤に説得され、山尾、井上勝、遠藤謹助えんどうきんすけの三人はイギリスに残って勉強をすることになった。


「長州を、日本を頼んだぞ」


 三人に見送られ、伊藤と井上聞多いのうえもんたはイギリスを出発した。


 さあ、伊藤たちは間に合うのか──。

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