閑話 定時に上がって猫カフェへ 

 うっかりブラック企業に就職してしまった男、ありいち

 エナジードリンクが心の友で、最近では利き酒ならぬ利きエナジードリンクができるようになってしまった。

 まあ、そんな生活をしている太一にも、楽しみがある。──というか、それがなければ仕事なんてやっていけなかっただろう。

 その日だけは定時に上がれるように、前日までは残業残業また残業の日々。どうにか仕事を倒し、上司がトイレへ行ったすきに会社を出る。

 これで晴れて自由の身だ。

 ……携帯の電源を落とせるほどの勇気はないけれど。



「こんにちはー!」

「いらっしゃいませ。あら、有馬さん。いつも通り、閉店コースですか?」

「もちろんです!!」

 すっかり仲良くなっていた店員の言葉へ食い気味に返事をし、太一は荷物と靴をロッカーに預ける。

 注文するのは、疲れた体に優しいココアとニャール。


 二重扉をくぐり店内へ入ると、そこは太一の楽園。

 十五畳ほどの空間にいるのは、猫、猫、猫だ。

 けれど、太一が来たからといって寄ってきてくれるわけではない。すました顔をして室内を歩いていたり、ソファの上や窓辺で寝ている子がほとんど。


 本当はうれしそうに駆け寄ってきてくれたら最高なのだが、月一でしか通っていない太一では無理だろう。通い詰めて、常連にならなければ……。

(もっと残業が少ないとこに転職しようかな……)

 と、最近は切実に考えるようになった。

「でも今は、いやしの猫タイムを堪能しよう」

 猫用おやつのニャールはすでに購入済みだが、すぐにあげることはしない。まずはソファに座ってココアを飲み、猫を見ながらリラックスタイムだ。

 時折、近くを猫が通るので、もしかして自分のところに来てくれ──ない! という、お約束を何度も繰り返す。

 その次は、お店が用意してくれているねこじゃらしやボールなどのおもちゃを使って猫と遊ぶ。

(でも、これがなかなか難しいんだよな……)

 ねこじゃらしも猫が満足するように動かしてあげないと、見向きもしてもらえない。

 最初のころは、太一の下手なねこじゃらしさばきをあわれに思ったのか……店員さんが頑張って教えてくれた。

 そのため、今ではねこじゃらしを操って猫様と遊ぶことができるようになった。

(でも、俺のねこじゃらしで遊んでくれるのは元気でなつっこい子だけなんだよな)

 ボスクラスの猫にはまだ、見向きもしてもらえない。

(精進しよう……)

「ほらほら、ねこじゃらしだよ~」

『…………』

 太一のねこじゃらしにぴくりと反応してくれたのは、マンチカンのメス猫のマカロンだ。足が短くて、薄茶色の毛が愛くるしい。

 ここの猫カフェは、ほかにもアンコ、まっちゃなど、しそうな名前の子が多い。

 ソファの陰にねこじゃらしを隠しつつ、一瞬だけマカロンの前へ出す。そしてすぐにソファの陰へ高速移動。

 これを繰り返すと、猫が少しずつ興味を持ち始めねこじゃらしに飛びついてきてくれる。

 マカロンはねこじゃらしの動きが気になるようで、うずうずしている。動くねこじゃらしに合わせて、その大きな目が左右に動く。

(ふふ、あと一歩で飛びかかってくるぞ……!)

 この瞬間のために、日頃キーボードをたたきすぎて酷使した手首でねこじゃらしを振っているのだから!

「マカロンの大好きなねこじゃらしだぞ~」

『……にゃうっ!』

「ひょいっ!」

 我慢できなくなったマカロンがねこじゃらしに飛びついてきて、太一はさらに大きく動かしてみせる。マカロンも、それに飛びかかるように大きくジャンプをした。

可愛かわいい……っ!」

『みゃっ!』

 前足を動かし、マカロンは必死にねこじゃらしを捕まえようとしてくる。その際に揺れるお尻と尻尾が、たまらないわけでして。

(はああぁぁ、仕事の疲れが癒される……)

 その油断からか、太一の動かしていたねこじゃらしがマカロンに奪われてしまった。

「ああっ!」

『にゃ』

 その表情を見ると、まるで『未熟者だな』とでも言われているようだ。

 しかしとたんに興味をなくしたらしいマカロンは、ねこじゃらしを置いてキャットタワーへと行ってしまった。

 これではどちらが遊んでもらっているのか……いや、遊んでもらっているのは太一だった。

 とはいえ、キャットタワーに上っている猫はとても映える。ということで、スマホでマカロンを撮影しておく。

「マカロン、撮るぞ~」

 カシャシャシャシャシャと連射をし、最高の一瞬を逃さないようにする。

(おおぉ、めちゃくちゃいいアングルいただいた!!)

 ハアハア息が荒くなってしまったとしても仕方のない愛らしさだ。

「よーし、いいぞ、可愛いぞ!」

『にゃう』

 ひとしきり写真を撮ったあとは、入店時に購入しておいたおやつのニャールの出番。

 ここの猫たちはみんなこのおやつが大好きで、見せただけでそわそわしながら近寄ってきてくれるという魔法のアイテムなのだ。

 隠しておいたニャールを太一が取り出すと、周囲の猫たちがざわめき立つ。『あいつ、ニャールを持ってるぞ』『奪いに行くか?』『やろう』などと、会話の妄想がはかどる。

(ふふ、気になってるな……)

 かわゆい奴めと、太一はニャールを一番に近寄ってきた黒猫のアンコへと差し出す。どの子にもあげたくはあるのだが、ニャールはそんなに大きくない。

 そのため、いつも来てくれた順に食べさせてあげることにしているのだ。

 本当はお気に入りの猫がいればいいのだが、月一でしか通えていないので、まだどの子が一番のお気に入りかは太一の中で決まっていない。

(よく遊んでくれるし、マカロンも好きなんだけどな~)

 なんとも悩ましい問題だ。

『にゃにゃっ!』

「おお、アンコ。美味しいか~?」

 アンコが美味しそうにニャールを食べて、尻尾を揺らしている。しかし、それを傍観できるほどほかの猫たちは大人しくない。

 自分も食べるんだとばかりに、アンコを押しのけてニャールをペロペロめる。きっとこれが、太一最大のモテ期だろう。

 マカロンもキャットタワーから下りて、太一のもとへ来てくれている。

『にゃうにゃうっ!』

 自分にもニャールをよこせと、肉球を腕に押し付けて主張をしてくる。こんなの、うなずくなというほうが無理というもので。

「はあ~、今日も幸せです……」

 こうして、太一の癒しの時間は猫カフェの閉店まで続いた。

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