1 助けた猫は神様でした (2)

 これなら、毎日が癒し空間だ!

 しかも自分の店なら営業時間だって好きに決められるから、ブラックと化すこともない。なんて名案なんだろうと、太一は思わずにやけてしまう。

 問題は猫の神様の反応。

『そこまで私たちの種族を愛してくれているんですね……ありがとうございます。にゃーん』

 もしかしたら、猫カフェなんてけしからん! と、怒られてしまう可能性も考えたが、大丈夫だったようだ。

 太一はほっとして、猫の神様を見る。

『ただ、向こうの世界にいる動物などの生命体を直接与えることはできないんですよ。私にできることは、今ここで、与えられる能力や物を贈る……ということです。にゃ』

「あ、なるほど……」

 確かに、猫をくれ……というのもなかなか難しい話だったかもしれない。

 となると、異世界に行ってから自力で猫を手に入れる必要がある。ペットショップがあるなら購入すればいいのだが、どういう仕組みになっているのだろう。

 その答えは、猫の神様が教えてくれた。

『ですので、『テイマー』になるのはいかがですか? にゃ』

「テイマーって……ゲームとかで、魔物を仲間にして使役するあのテイマーですか?」

『そうです。対象が魔物という条件はついてしまいますが、テイマーになれば猫に似た魔物を仲間にすることもできますよ。ほかにも、猫に似た可愛いもふもふの魔物もいますから。にゃん』

 猫の神様の言葉に、太一は息を呑む。

(もふもふを仲間にできるなんて……最高だ!)

「ぜひそれでお願いします!!」

『わかりました。では、テイマーが覚えることのできるスキルをすべて授けておきますね。【ステータスオープン】と唱えると、自分のスキルを見れますよ。にゃ』

「ありがとうございます!」

『それから……これをどうぞ。にゃ』

 猫の神様がこたつの中から猫のマークがついているかばんを引っ張り出して、太一へ渡してくれた。革製の鞄で、腰のベルトにつけられる作りになっている。

 どうやら、せんべつのようだ。

「ありがとうございます。中は……って、なんですかこれ!?」

 鞄を開けてみると、異空間のようになっていた。底が見えないし、何が入っているのかもさっぱりわからない。

(ブラックホールか……?)

 太一が思わずぞっとすると、『にゃにゃにゃっ』と猫の神様が笑った。

『それは魔法の鞄です』

「まほうの……それって、もしかしてゲームみたいに物がたくさん入る鞄ってことですか?」

『はい。無限に物が入りますし、鞄の中は時が止まっているので有効活用してください。食料やお金など、必要だと思ったものをすでに入れておきました。にゃー』

(異世界ってすごいな……便利だ)

 すると、太一の目の前に突然ホログラムプレートが現れた。

「おわっ」

『そこに、中に入っているものが書かれていますよ。にゃ』

「あ、なるほど……」

 驚いてしまったが、確かに中に入っているものがわからなければどうしようもない。普通に鞄の中を見ても、何が入っているかわからないから……。

(入ってるのは、干し肉に、水に、黒パン……非常食?)

「あの」

『はい? にゃ』

「向こうの世界の食生活って、どうなっていますか?」

『味はこっちとそんなに変わらない感じですね。魔物を食材として使うこともあります。ただ、バリエーションはこちらの世界ほど多くはありませんね。にゃん』

 太一の質問に答えた後、猫の神様は『にゃにゃ~ん』と悩む。

 決していわけではないのだが、自分を助けてくれた太一に食で苦労させるのは嫌だと考えているようだ。

 日本の食は安いうえに味がいいので、猫の間でも人気なのだ。日本と異世界を比べてみると、やはり少しだけ不自由をさせてしまうかもしれない。

 神様はしばらく考えたあと、ぴんと耳を立てた。

『いい固有スキルがあるから、それもつけておきますね。にゃ!』

 これがあればきっと苦労しないだろうと、神様が言う。

「ありがとうございます!」

『これくらいお安いご用ですよ。にゃ。……では、そろそろ向こうの世界へ送りましょうか。助けていただきまして、本当にありがとうございました。にゃー』

「いいえ、神様が無事でよかったです」

 猫の神様の言葉に笑顔で返事をすると、太一はゆっくりと意識を失った。


 風が髪をで、何か柔らかいものがほおに触れる。まだ寝ていたいという気持ちを抑えながら、太一は何度か瞬きをして目を開ける。

 納期が目前だから、早く仕事を片付けなければ──と。

「……んんっ?」

 しかし目を開けるとどうだろうか、そこはただただ広い森の中だった。

(あ、そうだ……猫の神様に出会ったんだった)

 自分は死に、異世界に来たのだということを思い出す。

「ということは、ここがファンタジーな異世界か……」

 どうせなら森の中ではなく街に送ってほしかったけれど、いろいろと気遣ってもらったのでこれ以上望むのはやめておこう。

 文句を言ってもどうにもならないことなんて、仕事を押し付けてくる営業との戦いで嫌というほど知っている。

 それに、もしかしたら森の中に猫のようなもふもふの魔物がいるかもしれない。そう考えると、別にこの場所も悪くない。

「さてと、まずは現状確認だ。猫の神様の話だと、この世界は魔法を使えて、俺はテイマーにしてもらえるっていう話だったかな」

 そして使えるスキルなどは、いわゆるステータス画面で確認することが可能だとも言っていた。スキル名を口に出すのは、正直いって恥ずかしいが。

「ま、自分の能力は把握しておかないといけないからな。【ステータスオープン】!」

 太一が言った瞬間、目の前に自分の状態が書かれたホログラムプレートが現れた。魔法の鞄といい、どうにも不思議な感じだ。



「うおっ!? え? あ? 待って、スキルってこんなにいっぱいあるもんなのか?」

 予想よりズラ~っと並んだスキルに戸惑いつつも、自分の職業のところを見て首をかしげる。猫の神様が言ってたものと、何か違う。

「なんだ? この、『もふもふに愛されし者』って……。俺の職業はテイマーにしてくれるって言ってたはずだけど……」

 何か不手際でもあって間違えてしまったんだろうか?

 けれど、職業スキルを見る限りではテイマーに見える。魔物をテイムし、従えることができるし、支援するためのスキルもそろっているようだ。

「あ、固有スキルに異世界言語がある! そうか、ここで日本語が通じるわけないもんな」

 これはきちんと配慮してくれた猫の神様に感謝だ。

「しかも、全部のレベルが無限ってどういうこと……」

 これじゃあ無敵だろうと、太一は苦笑する。

 今ここにドラゴンが現れたとしても、簡単にテイムできてしまいそうだ。テイミングのレベルが無限で、テイムできない魔物なんているのだろうか?

(なんて、これじゃあフラグみた──)

 太一がそう考えた瞬間、背後の木がガサリと大きな音を立てた。

(はい?)

 まさかそんな、異世界に来てすぐお約束のようなことをやらかしてしまうなんて。そう思うが、別にまだドラゴンが出たと決まったわけではない。

 それに、ドラゴンはとても珍しくて、なかなか出会えないなんていうのはよく聞く設定だ。……ドラゴンばっかり出てくるゲームもあるが、それは今考えてはいけない。

 嫌な汗を背中に感じつつ振り返ってみると、そこには赤いうろこを光らせたドラゴンがいた。

「──っ!」

 ひゅっと、息を呑む。

 相手の体長は五メートルほどで、はたしてドラゴンと考えたときに大きいのかと言われるとわからない。もしかしたら、小竜なのかもしれない。

 けど、そんなことは問題じゃなくて。

(に、にに、に、逃げないと……っ!!)

 しかし、太一の体はすくんで思うように動かない。

 ドラゴンから見たら、ちょうどいい餌のように見えているかもしれない。太一がそんな恐怖に襲われていると、ドラゴンが口を大きく開けて火を吐いた。

『ギャルルッ』

 それは、ゴウッ!っと大きな音を立て、太一の真横を過ぎて後ろの木々を爆発させるように倒す。

「ひぇ……っ」

(逃げな──いや、ドラゴンも魔物だから、テイムすればいい……のか?)

 いい作戦かもしれない。

 ──が、ドラゴンをテイムしてどうすればいい? と、頭の中が混乱する。

 だって、こんな大きな魔物を連れていたらきっと目立つだろうし、猫カフェではなくドラゴンカフェになってしまう。

 それは決して、太一の望むものではない。

 しかし次の瞬間、白い何かが太一の前に飛び出してきた。

「な……っ!?」

 なんだと声をあげるよりも早く、その白い何かはドラゴンの首元にみついた。

 それは金色がかった白い毛の、犬のような魔物だった。

 ふわふわと柔らかそうな毛並みだが、その瞳はにらまれたら動けなくなってしまいそうなくらい鋭い。体高だって、二メートルはあるだろう。

『ワウッ!』

 白金色の犬は、次にとがった爪で攻撃すると──あっという間にドラゴンを倒してしまった。

「……はっ」

 太一が思わずほっと胸を撫でおろすと、白金色の魔物が今度はこちらに向かって駆けてくる。次の獲物は自分か、そう判断した太一は気づいたら叫んでいた。


「──っ、【テイミング】!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る