【書籍試し読み版】異世界もふもふカフェ 1 ~テイマー、もふもふフェンリルと出会う~

ぷにちゃん/MFブックス

1 助けた猫は神様でした (1)

「うぐぐぐぐ、どうして俺は今日も終電なんだ!!」

 しんと静まり返った社内で、いちは腹の底からそう叫ぶ。

 今やっているこの仕事を俺に押し付けてきた営業はとっくに帰ってしまい、残っているのは自分と……床で寝ている同期くらいだ。

(あいつ、しばらく起きてこないけど大丈夫かな……)

 まあ、残業はいつものこと。

 ……だからといって、許されるべきものではないのだが。

「今日は絶対に定時で上がって、猫カフェに寄って帰るはずだったのにいいいぃぃぃ!」

 叫びながらキーボードをダダダダダダダッと打ち込み、その怒りを発散していく。もちろん、そんなことで発散できたら苦労はしないけれど。


 ものすごい勢いでキーボードをたたく男、あり太一。

 黒目黒髪の、ごく平凡な顔立ち。新卒で入社した会社に勤め続け、気づけばもう二八歳とおっさんに片足を突っ込んでいるサラリーマンだ。

 あまりにも仕事がつらすぎるため、最近はどうにかして月一で定時に上がり、猫カフェに行きもふもふにいやしを求めている。最高です。


「うぅぅ、アンコ、ティー、マカロン、まっちゃ……会いに行ってあげられなくてごめん……俺は最低な男だ……」

 猫たちの名前を呼びながら、キーボードを涙でらす。

 そして、明日こそは猫カフェに行くんだと決意する。しんちょくから考えると、この仕事は終電ダッシュで帰れる時間には終わらせることができるだろう。

 疲れ果てて怪しい笑いが漏れ出ているが、太一は猫カフェのためにキーボードを打ち続けた。


 それからしばらくして──

 カチャカチャ、タン! っと、軽やかでいて重苦しい音が室内に響いた。どうにかして、今日やるべき分の仕事を終えることができた。

「よっし、これで終了だ! 終電は──って、やばっ! あと一〇分しかないじゃん! 俺、先に帰るからな!?」

「……ふぁーい」

 床で寝ていた同期に声をかけて、太一は会社を飛び出した。


 会社の外に出たころには、時計の針は一二時三〇分を指していた。あと六分で、いつもの終電がきてしまう。

「ひー、やばいやばい!!」

(このまま走ってても間に合わないから、近道だ!)

 少し走ると、薄暗い公園が見える。

 正直、酔っぱらいがいることが多いのであまり使いたくはないけれど……ここを通り抜けると地下鉄の駅までの近道なのだ。

(背に腹は代えられんっ!)

 太一が公園を突っ切ろうとしたとき、ふと視界に一匹の白い猫が映った。

「うわ、可愛かわいい~っ! 美人さん!!」

 思わず足を止めてれてしまいたいのだが、いかんせん今は終電ダッシュの最中だ。ここで時間を使ったら、電車には間に合わなくなってしまう。

「くっそー、せっかく運命的な出会いなのに……」

 明日も同じ道を通ったら、今みたいに会えるだろうか。

 そんなことを考えていたら、その猫がふいに車道側へと歩いて行ってしまった。少しふらついた足取りだったので、もしかしたらをしているのかもしれない。

 猫を、そしてもふもふを愛する太一だからこそ、条件反射だった。

 自動車の行きかう車道に行ってしまった猫と、向かってくるトラック。このままだと、美人さんな猫がかれてしまう。

「危ないっ!!」

 そう叫んだ太一はとっさに猫をかばうように車道に飛び出して、その小さな体をぎゅっと抱きしめる。

 それと同時に──耳に聞こえてきたブレーキ音と、体への大きな衝撃。

 あ、これはやばいやつだ。

 思ったと同時に、太一の意識は薄れていった。



「ん……?」

 ふいに意識が浮上して、太一は何度かまばたきを繰り返す。まぶしくて目を細め、しかし現状を確認するため前を見て──目を見開く。

「え? ……どこだここ。病院でもない、というか、こたつ?」

 そう、太一が寝ていたところはぬくぬくと暖かいこたつの中だった。四畳半程度の狭い和室で、壁には達筆な文字の掛け軸がかかっている。

 確かトラックに轢かれそうになった猫を助けようとして、自分が轢かれてしまったはずだ。

(どうなってるんだ?)

 意味のわからない状況に混乱していると、こたつの中から『にゃーん』と猫の声がした。

「え?」

 こたつをめくってみると、そこには先ほど助けた白い猫がいて、気持ちよさそうにぬくぬくしていた。

「無事だったのか……よかった」

 ほっとしたのはいいものの、太一は状況がみ込めない。すると、白い猫が『起きたのかい? にゃん』と声をかけてきた。

 太一にもわかる、日本語で。

「ふぁっ!?」

『いやぁ、助けてもらって感謝しているよ。ありがとう。にゃー』

 なんとものんびりした口調で、猫がそう言った。

「…………」

『にゃー』

「いやいやいやいや、待ってください。どういう状況? って、頭に輪っかと、翼?」

 先ほど見たときは、そんなものは生えていなかったはずだ。それも可愛いがと思い、太一がむむむっと見ていると、白い猫は不敵な笑みを浮かべる。

『猫の神様ですから。にゃー』

「えっ、神様!?」


 自らを神と名乗った、純白の白猫。

 頭に丸い天使の輪っかと、背中にはちょこんと小さな可愛らしい白色の翼。体はキラキラと輝いていて、美しさと神々しさを併せ持っている。

 しかしぬくぬくとこたつで暖まっている姿は、もふもふしたくなってしまうけれど……。


『そうだよ、神様。いやあ、先ほどは危ないところを助けていただきありがとう。にゃ。君は死んじゃったけど……』

「…………」

 さらりと言った白い猫の言葉に、太一は言葉を失う。だってまさか、目の前にいるのが猫の神様? いやいや、というかそれより──

「俺、死んだんですか?」

 もしかしたら、とは思っていた。しかし実際に口にすると、なんとも言えない気持ちになる。

『そうですよ。にゃー』

「軽い……」

『ははは。にゃ。……君は、猫が大好きだったみたいですね。猫たちから、君の話を聞いたことがありますから』

「え」

 まさか猫が自分のことを猫の神様に話してくれていたとは! と、太一に衝撃が走る。自分の猫愛が猫の頂点に、いや……世界の頂点に届いたのか、と。

『いつもおやつのニャールをくれると喜んでいましたよ。にゃー』

「あ、はい……」

 ニャールとは、猫カフェで販売している猫たちのおやつのことだ。

『そんな優しい君が、私を助けて命を落としてしまうのは忍びない。だから、新しい世界へ行きませんか? にゃー』

「新しい世界?」

『そうです。にゃ』


 猫の神様が言うには、地球で生き返らせることは不可能だが、別の──異世界でなら生き返ることができるのだという。

 そこは科学文明の発達した地球とは違い、魔法が発達したいわゆるファンタジーな世界。それぞれ適性に合った職業を持っていて、スキルを覚えることができる。

 今の社畜生活とは、まったく違った人生になるだろう。


 確かに、男の太一からしてみれば夢のある世界なのかもしれない。

「でも、言いたくないですけど……俺は体力もないし、そんな世界に行っても生き延びられる自信がないです」

 自慢じゃないが、腕立て伏せを一〇回するのだって無理だ。

 街中で普通の仕事をして生活する分には問題ないが、魔物がいるのなら怖くて街から出られなくなってしまう。

 せめてあと一〇歳ほど若かったら違ったかもしれないが……。

 太一がそう言うと、神様が『にゃー』と笑う。

『そのまま異世界へ放り込むような意地悪はしません。にゃ。向こうの世界で生きていける力などは、ちゃんと授けますよ。にゃーん』

 猫の神様の言葉に、太一の顔がぱっと明るくなる。

「それはありがたいです! なら、お願いしたいです」

 すぐに太一が返事をすると、神様はうれしそうにうなずいた。

 正直なところ……太一はまた社畜に戻るのはうんざりだった。どうせ彼女もいない独り暮らしで、両親ともにすでに他界している。

 一つ気がかりなことがあるとすれば、残してきてしまった同期だろうか。一緒にやっていた案件が彼にのしかかるかと思うと、震えてくる。

(すまん……強く、生きてくれ…………)

 太一が同期への祈りをささげると、神様が『さて。にゃ』と続けた。

『向こうの世界では、どうやって生きたいですか? 冒険者になり剣や魔法を使って魔物を倒したいですか? もちろん、それ以外に希望があればどうぞ。にゃ』

「俺のやりたいこと、ですか……」

 神様の言葉に、太一は悩む。

 正直、今から冒険者として体を張って生きていくのは辛い。なので、戦う系統の職業に就くというのは却下だ。

 それから絶対に駄目なのは、ブラックな勤め先だ。

 これだけは譲れない。

 再びブラック勤めになるなら、生き返らないほうがましだ。かといって一日ぐうたらしていたら、人間として終わってしまう気がする。

(第二の人生になるなら……好きなことをして過ごしたい、かなぁ)

 そうなってくると、太一の選択肢は絞られてくる。

(……あ!)


「異世界で猫カフェを開きたいです!」


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