2 仲間たちからの離脱 (1)

 話がまとまり、俺はその足で王城から出た。

 せっかく二人がここに残ることを決め、れんは国王と嫌な契約までしたのだ。今更、国王に気が変わったと言われ何か起こったらたまったものではない。


「つっても、どこに行けばいいかわかんねぇな」

 王城と街をつなぐ大きな門を抜けて、街を見渡す。

 夕暮れが街を照らし、もうすぐ夜が来ることがわかる。早めに宿を探さないといけないが、残念ながらこの国のお金を持っていないので泊まるのは難しいだろう。

 とはいえ、何もないわけじゃない。

 召喚されたときに持っていたものがある。

 ろうに入れられたとき奪われてしまったが、蓮が取り返してくれたリュック。スマホや充電器が入ってはいるが、じきにバッテリーがなくなって役に立たなくなるだろう。

 使えそうなものといえば、一口サイズのチョコレートが三個。

 そして、お金になるかもしれないと、蓮からはボールペンと小さなノート。るりからは、手鏡とれいなピンク色のハンカチをもらった。

 これをお金に換え、どうにか元手にして生活できるようにするのがとりあえずの目標だ。


 街に入ると、すぐにこの世界の生活水準が見えてくる。

 建物は木造とレンガがメインに使われ、耐震性が不安だ。

 道は舗装されてはいるけれど、まっ平にはなっていない。大通りには馬車が走っているため、中世のような世界だと推測することができる。

 王城を中心にして、東西が貴族の住む地区。家の規模が大きく、屋敷と言っても遜色はない。南側は庶民の暮らす地区になっているようで、市場や屋台が多くみられる。

「まずは情報収集だな」

 歩いている人たちは、中世の村人風から、剣や弓を持った戦闘職だとすぐにわかる人までいる。

 まんまゲームの世界だな。

「ローブを着てるのは、マジシャンかヒーラーか?」

 とはいえ、俺は完全回避だからローブよりも動きやすい服の方がいい。元々マジシャンは機敏性がないのに、動きにくそうなローブを着なくてもいいだろうと思うのは俺だけだろうか。

 まぁ、魔力とかが増幅するような効果があるのかもしれないけれど。

「んー……」

 まずはチョコをどうにかしないといけないな。

 賞味期限に余裕はあるが、食べ物なので早めに消費してしまいたい。冷蔵庫があるとも思えないので、とけてしまう可能性もある。

 ……が、チョコを買い取ってくれるかは微妙だ。しかも三個だけ。継続的に取引ができるわけではないので、買い取り側にもあまり利はないだろう。

「あ、そうだ」

 もしかしたら、あの手が使えるかもしれない。

 俺は市場に売られている食べ物を見て、チョコレートの使い方を決める。そのためには、情報収集だ。

 そしてふと、通り過ぎる人たちが俺のことをちらちら見ていることに気づく。

 小さな村であれば、よそ者が珍しいのもわかる。しかしここは大きな街、しかも王都だ。大勢の人が住んでいるのに、いちいち俺を気にするわけがない。

「あ、そうか!」

 日本の服が珍しいんだ。

 この世界の水準で考えると、日本製は上等な部類に入る。布や材質だって違う。お金を手に入れたら、早々に服を買った方がいいだろう。


 足早に大通りを歩き、俺は目当ての建物を探す。

 それは、戦闘職の人間が仕事をあっせんしてもらえるであろう場所だ。ゲームや漫画では、よくギルドと呼ばれているが、この世界ではどうだろうか。

 そして、街中を見回しながら歩き大変残念なことに気づいてしまった。

 文字が読めない!!

 ギルドと書かれた看板があるかと思ったが、文字がわからない。しゃべる分には問題ないが、文字はスキルで読めるようにしてくれないとは不親切極まりない。

 ステータスプレートに限り、自分に理解できる言語で表示されるようだ。というか、日本語で書かれていた。

「あーくそっ!」

 頭を抱えてため息をつくと、「どうしたの?」と可愛かわいらしい声が聞こえた。

 そこにいたのは、一〇代前半と思える女の子。

 可愛い水色のボブで、ちょこんと両サイドを結っている。オレンジ色の瞳が、不思議そうに俺を見つめていた。

「あ、えーっと。ちょっと行きたいところがあるんだけど、場所がわからなくて」

「場所が? ……迷子?」

「まっ……」

 まさか女の子に迷子認識されるとは、不覚。

「私もフロイツとダイアとはぐれちゃったから、一緒ですね。迷子」

「え、いや、別に迷子じゃないんだけどなぁ」

 否定しながらも、この子も迷子なのかとうなれる。

 迷子の子供の面倒を見るのは大変だと思いながら、しかしよくよく女の子を見ると、普通の服装ではなくローブを着ていることに気づく。

 もしかして、もしかするだろうか?

「ヒーラー、いや……マジシャン?」

 俺が予想すると、女の子はぱあっと可愛らしく笑った。

「はい! 私はマジシャン。フロイツとダイアがナイトで、三人パーティなんです」

「なるほど」

 フロイツとダイアが誰かはわからないが、きっとこの子と冒険をしている仲間だろう。

 ……でも、ナイト二人とマジシャンのパーティってバランスが悪いな。いや、ヒーラーが珍しいって言っていたから、ここでは一般的な構成かもしれないけど。

「ちなみにさ」

「はい?」

「戦ってお金を得たりすることもできる?」

「できますよ。私も、さっき初めてスライムと戦ったんです! クエストが終わったから、冒険者ギルドに行く途中だったんですけど……はぐれちゃって」

 なるほど、冒険者ギルドか。

 今から行くというのであれば、ぜひ俺もついていきたい。でも、この子も冒険者ギルドの場所は知らないらしい。

 結局、歩いて探すしかないか。

「俺も冒険者ギルドを探してたから、一緒に行く? もしかしたら、仲間の二人もいるかもしれないし」

「はい! 一緒に行きたいです」

 よし。

 子供とはいえ、この世界の人と知り合えたのはラッキーだ。

 とりあえず冒険者ギルドを──と思っていたら、「ティナ~!」という呼び声がして、女の子がぱっと顔を輝かせた。

「仲間か?」

「うん! フロイツさん、ダイア~!」

 やってきたのは、二人の男だ。

「よかったぁ、いなくなったから心配したぞティナ! っと、そちらは?」

「あ、初めまして。ヒロキといいます。俺も冒険者ギルドを探してたんですけど、道がわからなくて困っていたらこの子が声をかけてくれたんです」

「ああ、なるほど。だったら、一緒に行こう。俺はフロイツ、冒険者だ」

「俺はダイア」

 フロイツと名乗った男性は、おそらく三〇代前半だろう。こげ茶色の短髪に、オレンジ色の瞳。にかっと笑う笑顔から、気の良さがうかがえる。

 そしてもう一人、ダイアと名乗ったのは一〇代半ばの男だ。赤色の髪に、勝気な緑色の瞳。

 そういえば、女の子に自己紹介していないし、名前も聞いていなかったことに気づく。

「まだ名乗ってなかったね、俺はヒロキ。ティナちゃんでいいのかな?」

「はい。ティナです、よろしくお願いします」

「よろしく」

 手を差し出されたので、握手を交わす。

 それを見たフロイツさんが、横で楽しそうに笑っている。

「なんだなんだ、まだ自己紹介してなかったのか」

「忘れちゃってた。フロイツさん、冒険者ギルドに行こう」

「おお、そうだったな」

 フロイツさんはうなずいて、歩き始める。ダイア君はティナの横を歩き、「大丈夫だったか?」と心配そうにしている。俺が何かしたかのような言い方はやめてほしいんだが。

 俺は前を歩くフロイツさんの横へと並んで歩くことにした。

 すると、珍しそうに俺を見る。

「お前さん、不思議な服を着てるな」

「ああ、故郷の服なんです。動きやすいこっちの服を買いたいと思ってるんですけど、先立つものがなくて」

「なるほど。それで冒険者ギルドか。すぐに金がほしいなら、手っ取り早いな」

 やっぱり、冒険者ギルドでは仕事をすれば即金を手にできるらしい。

 俺が日本でしていたバイトは、給料が月払いだった。この世界で支払いが月給固定などではなくてよかったとあんする。

「そういや、職業はなんなんだ?」

「ヒーラーです」

「まじか! ヒーラーっていえば、珍しい職業だな。でも、自分で戦うのは厳しいだろ、パーティの募集とかか?」

「検討中です。フロイツさんは、ナイトですよね……やっぱり、ヒーラーがソロって珍しいですか?」

 まぁ、ヒーラーに攻撃力を求めることはないだろう。

 かくいう俺も、攻撃力はまったくない。

「さんづけは慣れねぇから、やめてくれ」

「でも……」

「こそばゆくなるんだって。っと、ヒーラーのソロか。珍しいってか、攻撃力がないんだから不可能だろ。一人でいるやつは、街で診療所を開いている人間くらいだな」

「あー、そういう……」

 本人が言うのであればと、俺はさんをつけずにフロイツと呼ぶことにする。

 そしてヒーラーが安全な場所でお金を稼ぐなら、確かに間違いないなと思う。が、それじゃあ冒険の面白みも何もないから、俺の場合は却下だ。

 やっぱり火力職を見つけてパーティを組むしかない。

「ほら、あれが冒険者ギルドだ。周りとは少し違った建物だから、わかりやすいだろう」

「あれが……」

 フロイツの指差した方を見ると、確かにちょっと変わった材質の建物があった。

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