1 このヒーラー無能につき (4)

 大陸については簡単に説明し、次からが本題になるのだが……渡辺くんの表情が、こわばる。

「一番重要な、日本への帰還について。国王が言うには、魔王を倒したら帰れるらしい。帰ったときの時間や場所は、元通りになるっていう話だよ」

「アバウトですね」

「ええ。正直、さんくささしかないわね」

 俺が素直な感想を告げると、隣で小鳥遊さんも頷いた。

「自分たちはぜいたくをし、よそ者に重要な仕事を任せるなんて信じられません」

「うん。僕と小鳥遊さんは、魔王を倒したとしても日本に帰ることはできないと踏んでる」

 どうやら、二人の意見はある程度まとまっているようだ。そしてそれが、俺の考えと同じだということにあんする。

「それは俺も同意です。勇者の渡辺くんが、王たちにいいように扱われる熱血野郎だったらどうしようと思ってたから、ちょっと安心しました」

 俺が笑いながら告げると、渡辺くんは「そう?」と言って笑う。

「これでも、周りに流されてほいほい決めたりはしないよ。それから、僕のことは蓮でいいよ。同郷の三人だし、気の張りすぎは疲れるよ。あと、言葉遣いも」

「……それもそうか。俺のことも、広希って呼んでくれ」

「私もるりって呼んでくれるとうれしいわ」

 互いに視線を交わし、同郷の三人で力を合わせていこうと握手する。

「三人いれば、どうにかなる気がするね!」

 太陽のように笑う蓮が、まぶしい。俺はゲームばかりやっていたので、こう、コミュニケーションは得意なわけじゃない。察してくれ。


 それから二人は、俺が牢屋で寝ている間に考えたことを教えてくれた。

「あの国王たちは、当てにならない。でも、この国を完全に離れるのも得策じゃない。召喚した方法がここにあるのであれば、帰還に関する方法かそれに類する研究もあるはずだ」

「ほかに魔族や獣人などの別種族がいるみたいだけど、知能という面を考えると人間を馬鹿にしない方がいいと思うの」

 魔族は魔力に優れ、強い魔法スキルを使ってくる。

 獣人は武力が強く、身体能力の高さをかしてくる。

 人間は知恵を持ち、新たなスキルの研究などを行っている。

 蓮とるりの意見は、しばらく人間の国に探りを入れようというものだった。それを聞き、俺も賛成だと頷く。

 加えて、自分たちと違う種族では、意思疎通などがくいかないと危険かもしれない。

 いろいろな場所を探るのはもちろんいいが、研究している大元の場所から離れるのはあまりよくないだろう。

 それがどんなに気に食わない王だとしても、だ。

 とはいえ、魔族が住むアプリコット大陸と、獣人が住むタンジェリン大陸に手がかりがないとも言えない。特に魔法に優れているアプリコットは早々に行きたいところだ。

「んー……」

 どうするのが最善だろうかと、俺は考える。

 三人一緒に動くのは、正直に言えば効率が悪い。

 しかし、一人で行動することは危険も高い。

 スキルがファンタジーに出てくるような万能な魔法であればいいが、おそらくできることは制限されているだろうと俺は考えている。

 自分が創造できるスキルならばまだ可能性はあったが、スキル名がある時点でその情報はほぼ確定と見ていいだろう。

「なあ、蓮。スキルについての説明は受けなかったのか?」

「あ、受けた。ええと……スキルは三種類存在するみたいだ──」


 スキルとは、三つの各スキルをまとめた総称だ。

 パッシブスキル。

 これは、俺が持っている【言語習得】のように、何もしなくても常時発動しているスキルのこと。

 武器スキル。

 例えば、剣や盾など、装備である武器や防具を媒体として使うスキルだ。蓮の持つスキルがこのタイプ。攻撃、防御のステータス値が反映される。

 魔法スキル。

 俺の使う回復魔法スキルと、ウィザードのるりが使う攻撃魔法スキルがこのタイプだ。自分の中にある魔力を魔法として対外へ放出することができる。魔力、回復のステータス値が反映される。


「やっぱり、各スキルでできることは限られてるんだな」

「そうみたいだ」

 今後、人間がしているスキルの研究は要になってきそうだ。

 考えているように悩んでみるが、もう俺の中ではどうするのが最善かという答えが出ている。ただ、それを蓮とるりに伝えにくい。

「俺とるりは、ここに残ろうと思う。広希には……」

 そこで、蓮がづらそうに口をつぐむ。

 俺はといえば、その提案に驚いた。蓮がそういうことを言うタイプだとは思わなかったからだ。

「……蓮、それって」

「ごめん、やっぱり……っ」

「いや、謝る必要はないからさ」

 どうやら、考えたことは同じだったようだ。

 国王に受け入れられている二人がここで情報を集めるのは、理にかなっている。嫌われた俺がほかの大陸に行くのは自然だし、問題はないだろう。

「俺は別の場所で情報を探すよ」

「……だけど、危険も多い」

「目指すは回避ヒーラーだから、問題ない」

「回避?」

「敵の攻撃を全部避けるってことだよ」

「なるほど、それは無敵だな」

 こうやってみると、危険度の高い情報収集に立候補したようにみえるけれど、実際は俺がここにいたくないというのがでかい。

 あんなでっぷり太った王様の顔を見て王城で過ごさないといけないなんて、拷問だ。これならまだ、大学で教授のご機嫌を取っていた方がましなレベルだろう。

 それに──この異世界を見てみたいというのも、大きな理由だ。召喚されて、ステータス値の高い俺のレベルが上がったら、きっとこの世界のどこへだって行けるようになる。

 ……だから俺は、ゲーマーだって言っただろ。

「とはいえ、この世界にも慣れないといけないから、すぐほかの大陸に行くっていうのは厳しい」

 移動するには地理などの情報や、お金だって必要だ。蓮とるりも俺の意見には賛成のようで、頷いてくれた。

「それはそうだろう。僕だって、すぐに帰る方法が見つかるとは思ってないからな……」

 長期戦になるというのが、俺たち三人の認識だ。

「あ」

「ん?」

「そういえば、俺のこと牢屋から出してくれてサンキュな。よくあの国王が言うことを聞いたな」

「あー……そうだな」

 どこか言い辛そうな蓮を見て、何か交換条件を吹っかけられたのだろうと当たりをつける。すると、隠せないと思ったのか蓮は袖をめくって腕輪を見せた。

 つるりとした表面には、いっさいの装飾がない。それはいったいなんだと首を傾げたところで、蓮が告げる。

「どうせいつかバレる可能性があるから、言っておくよ。本当は内緒にしたいけど、仲間に隠し事は絶対したくないから。……これは、契約の腕輪だ。つけることを条件に、僕たち三人の自由を許してもらった」

「はっ!? いやいやいや、お前、だってそれ……蓮がまったく自由じゃないだろ!? いったいどんな契約内容なんだよ」

 隠し事をしないのはいいが、何かする前に一言ほしかった。

 蓮の自由の定義は間違っている。絶対に。

「そこまで拘束の強いものじゃない。国王の許可なしに、他国へ行くことができないという内容だ」

「……クソッ」

 すぐに契約解除できる代物ならいいが、珍しい代物や契約破棄が難しいものならその方法も探す必要があるだろう。

 召喚した勇者をいったいなんだと思っているのか。いや、自分の駒としか見ていない……か。

 とはいえ、俺たちのことを考えてくれた蓮を強く責めるわけにもいかない。俺が軽率な行動をとらなければ、きっとこんなことにはならなかったのに。

「おい蓮」

「な、なんだ? 謝るつもりはないぞ? 僕だって、自分にできることをしたいんだ」

「……わかってる。だから、その腕輪は俺が壊す方法を見つける」

「え……!」

 俺のためにつけたのであれば、それを破壊し蓮を助けるのだって俺の役目だ。絶対に解除する方法を探すと、心に誓う。

「私にも何かできればよかったんだけど……」

「ありがとう、二人とも。この世界へ一緒に召喚されたのが、広希とるりでよかった」

 役に立ちたかったと、るりが悔しそうにする。蓮がそれをフォローするが、首を振って「絶対に強くなるから」と言った。


 ひとまず、大きな問題とざっくりとした指針は決まった。

 あと確認しておくべきなのは、各自のステータスだ。

「とりあえずの事情は理解した。あ、一応言っておくと、俺のスキルはヒールとリジェネだ。回復に関しては、ステータスが100あるから信用していいと思う」

「ヒールはなんとなくわかるけど、リジェネ?」

 首を傾げる蓮にリジェネの効果を説明し、二人のステータスも教えてもらう。

 蓮は攻撃と防御、るりは魔力と防御にボーナスポイントを振ったらしい。

 ステータス値は、【攻撃】が物理攻撃力、【魔力】が魔法攻撃力、【回復】が回復量、【防御】が防御力、【命中】が弓や投石などの命中率、【回避】はもちろん回避だ。

「それで広希は回避っていうわけね。……着替えるときメイドに聞いたのだけれど、ナイトのような前衛職は攻撃と防御に、私のようなマジシャンは魔力と防御に、アーチャーなど弓を扱う後衛職は攻撃と命中にステータス値を振るみたい」

「なるほどなるほど、俺の予想と一緒だ」

 情報収集をしてくれたるりに礼を言い、今後のステータス値はひとまず各自が必要なものに振っていくことにした。

 ほかには何かあっただろうかと考え、ハッとする。

「何かあった際の連絡手段を決めたいとこだけど……わかんないな。とりあえず、これからは国王たちに名乗ってない広希で通す。二人も、連絡のときは下の名前でくれ」

「わかった。もし苗字での連絡があったら、わなだね」

「そうね。しばらくは慎重に動きましょう」

 そう言い、俺たちは顔を見合わせて頷いた。

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