1 このヒーラー無能につき (3)
◆ ◆ ◆
「まったく、こんな役立たずのヒーラーがいてどうするんだっての!」
「陛下もお怒りだったし、一発いっとくか。この無能めっ!!」
ゲスな笑みを浮かべた二人の兵士が、俺を牢屋へと押し込める。そしてそのまま拳を振り上げ、日頃のストレスをぶつけるかのように俺を殴りつけ──ミス!
「ん?」
「あぁっ!?」
ミスミスミス! ミス!!
兵士たちが俺を殴りつけようとするが、かすりもしない。
なるほど、さすがは回避51だ。
顔を真っ赤にして、何度も何度も俺に拳を向けるが、それは俺に届かない。
ちなみに、俺は何もしていない。ただ突っ立っているだけだ。だというのに、面白いくらい兵士たちの攻撃が当たらない。
避けるというモーションが不要で、現実なのにゲームに近いような感覚だ。
ミス!
「んだこれ、どうなってんだよ!!」
「顔目掛けて殴ってんのに、どうして避けられるんだよ!! ヒーラーだろ!?」
二人がかりの攻撃でこれなら、一対一ならばまず攻撃を受けることはないだろう。俺がにやりと笑ってみせると、兵士たちは「きめぇんだよ!」と
「はは、ざまねーのっ。ヒーラーに一撃も入れられない兵士なんて、どっちが無能だっつの」
入れられた牢屋はお約束だとでもいうように、王城の地下にあった。多少のカビ臭さはあるが、想像していたよりは清潔だった。
兵士たちに押し込められて、ため息をつく。
どうやら見張りはいないらしく、物音一つしない。
俺が入れられた牢屋は、入り口であるドアが一つ。それ以外の出入り口はない。部屋の中にはベッドの代わりらしい硬い台と簡易トイレがあるだけだ。
「どうすっかなぁ……」
まさか、詳しいステータス値の確認もせずに無能呼ばわりされるとは思わなかった。もちろん、今から回復のステータス値は100あります! なんて、教えてやりはしないけど。
確認すればよかったのにと考えるが──否。それはやっぱりよくないと改める。この展開の方が、後々動きやすくなるかもしれない。
「あの国王の言いなりになるよりも、牢屋から抜け出してしまった方がいいかもしれない。あー、でも抜け出すと自由に動き
考え、そういえば一緒に召喚された残りの二人はどうしているだろうかと脳裏に浮かぶ。きっとこんなことを望んでいたわけじゃないだろうに、災難だったとしか言いようがない。
かといって、俺がどうにかできる問題でもない。
「とりあえず、今後の方針とスキルの確認でもするか」
そうは思うが、プリーストである俺に試せることはあまりない。ヒールをするには、大前提として怪我がなければいけないのだから。
ステータス値アップの支援スキルでもあればよかったが、ないものをねだっても仕方がない。
あえて怪我をしてみることもできるが、正直痛いのはそんなに好きではない。
それも、俺が回避ヒーラーを選んだ理由の一つだ。いくら防御力が高くたって、当たったら多少は痛い。それなら全力で避けた方がいい。
となると、試せるスキルはリジェネになる。
これもオーソドックスな回復スキルの一つだ。
一回あたりの回復量は多くないが、持続して回復を続けることが可能なスキルだ。壁になる前衛職にかけるのが一般的だろう。
「自分に【リジェネ】っと」
すると、ヒールを使ったときと同様に温かさに包まれる。無事にスキルが発動したことにほっと息をつく。が、残念なことに回復効果はわからない。
そこはおいおい確認することにして、使用回数の把握ができないかと考える。マジックポイントなどの項目はないため、どれくらい使えるのかが不透明だ。
まぁ、連打してみるか……。
「【リジェネ】【リジェネ】【リジェネ】【リジェネ】【リジェネ】【リジェネ】以下略」
過剰にスキルをかけたせいか、体中がポカポカする。実際に入ったことはないけど、砂風呂に入るとこんな気分かもしれない。
さらに何度かスキルを使ってみるが、俺の体調などに変化は見えない。
回数制限がない、というのはおそらくあり得ないだろう。となると、持っている魔力量がかなり大きいという推測ができる。
「なんてったって、ステータス値が50で強い部類らしいからな。俺の回復値は100だから、人類最強クラスだって不思議じゃない」
そう考えると、俺の回復値が国王にバレなくて本当によかった。
使用回数を含め、ヒール系のスキルは問題なさそうだ。欲を言えば、もう少しスキルの種類がほしいところだけど……まだレベル1だから、増える余地はあるだろう。
「……ふあぁ」
体がポカポカしてるせいか、ゆるやかな眠気が襲ってくる。
脱獄をするかはもう少し様子を見ることにして、俺は欲望に身を任せて眠ることにした。
◆ ◆ ◆
「よくこんなところでぐーすか寝てられるな……」
「いろいろなことがありましたから、疲れてるんだと思います」
「まぁ、疲れてはいるだろうけど……腹出して寝るなんて、どんだけ根性が据わってるんだか」
気持ちよく寝ていた俺の脳裏に、声が響く。
段々と意識が覚醒し、それが一緒に召喚された二人の声だということに気づくのはしばらくしてからだった。
「……はよ」
「おはよう」
「おはようございます」
俺を見ていたのは、渡辺くんと小鳥遊さんだ。召喚されたときの服ではなく、この世界のものに着替えを済ませていた。
渡辺くんは、勇者ということもあり騎士服だ。
深い赤色は上品で、どこか大人びて見える。刺繍された紋章は、この国のものだろうか? 背中には白のマントがついていて、俺が見ていると恥ずかしかったのか気まずそうに顔を背けた。
小鳥遊さんは、魔法使いだったはずだがドレスを着ている。牢屋にドレスというひどく不釣り合いな格好なのに、彼女の周りだけ空気が違うように思えた。
対する俺は、召喚されたときの服そのままだ。
「とりあえず一通りの話を聞いて、落ち着いたところだ。桜井くんも、牢屋から出ていいという許可をもらってきたから場所を移動しよう」
「え」
「うん?」
「いや、ありがとう」
なんとなく、見捨てられるかもしれないと思っていたが──渡辺くんは、体調は大丈夫かとか、お腹は空いていないかとか、俺を気遣う言葉をかけてくれた。
牢屋から出て、向かった先は渡辺くんに用意されたという部屋だ。
豪華な装飾品のある部屋ではあるが、赤の絨毯が敷かれ、モスグリーンのソファには金刺の入った白いクッションが置かれていて……落ち着かない。派手すぎる。
「この部屋落ち着かないよね……」
「正直センスを疑う」
「うん……」
部屋主となった渡辺くんも同じ考えだったようで、苦笑した。
「じゃあ、改めて。僕は渡辺
「私は小鳥遊るり。一八歳。よろしくね」
「牢屋から助けてくれてありがとうございます。俺は桜井広希。一九歳です」
簡単に自己紹介を済ませ、この世界のことを教えてもらう。
ここは人間が住むロークァット大陸にある国の一つ、ピズナット王国という場所。ほかに、魔族の住むアプリコット大陸と、獣人の住むタンジェリン大陸がある。
ピズナット王国はアプリコット大陸に隣接しているため魔物が多く、領土に侵入してきているらしい。それを阻止するために、魔王を討ち滅ぼしたいというのが国王たちの意思だという。
自分たちのことくらい、自分たちで解決してほしいものだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます