第二話 上昇気流の織田信長(おだのぶなが)という偉い人 (2)

「さて、自慢の中国磁器を見せてもらおうかな」

 約束通りに一週間後、光輝たちは清須城内において持参した中国磁器を披露する。

 輸送には手間がかかった。

 車両で輸送するわけにもいかないので、カナガワの艦内工場で生産した荷台に載せ、馬は清須城下でてん業者に出してもらった。

 織田信長から協力するようにと達しがきたらしく、彼らはご機嫌で持参した馬で荷台を引いている。

『若いだんぁ、その荷台はどこで手に入れたのですか?』

 伝馬業者は、アルミ製のサスペンションとバネ、ゴムタイヤを使った荷台に興味津々のようだ。

 悪路に強く、揺れが少なく、馬への負担も小さい。荷物の積み下ろしが楽になるように設計されているから、欲しくなったのであろう。

『南蛮からの輸入品なんだ』

『南蛮の品ですか。高いんでしょうな』

 この時代の人は、なんでも外国製、特に明や南蛮の品だというと納得してくれるようだ。

 無事に中国磁器を運び終え、いよいよ織田信長へお披露目の日だ。

「今日は、客を呼んでいる」

 織田信長やその家臣たちの他にも、商人や茶道をしていそうな格好をした人たちが多数いた。

「どうだ? 本物か?」

 その中でも、いかにも目利きといった感じの老人に織田信長が尋ねる。

「上総介様、しばしお待ちを……」

 老人はしばらくの間、大量に置かれた様々な中国磁器を鑑定し続ける。

「(みっちゃん、『なんでも鑑定しちゃうぞ!』の中山先生みたいだね)」

 今日子が、小声で光輝の耳元にささやく。

 確かに、アキツシマ連邦で放送されていたお宝鑑定番組に出てくる古物商に似ていると光輝も思った。

「どうなのだ?」

「全部、本物です……というか、これほどの逸品をどこで?」

「沈没船の荷物なので、中には他国の権力者向けの商品や贈答品もあったのでしょう」

「なるほど、納得いきました」

「で、どうなのだ?」

 気が短いのか?

 織田信長が、老人に尋ねる。

「古くはとう代のえっしゅうよう青磁、そう代のじょようと官窯、ていよう耀ようしゅうよう、越州窯とりゅうせんようけいとくちんよう、南宋官窯、元のせい、龍泉窯、明のえいらくからせいこうせいとくまで、有名な窯のものはほぼすべてあります」

「価値は?」

「上総介様は、足利よしてる公所有の『こうはん』をご存じですか?」

「知っている。その由来もな」

 足利よしまさが、ひび割れが生じたので明に送り返して代わりを求めたが、これに代わる名品は作れないとして、鉄のかすがいで修理して返送されたという逸話つきの大名物だ。

「それに匹敵するものもいくつかあります。少し劣っているにしても、名物に相応ふさわしいものばかりです」

 老人の鑑定結果に、織田信長ですら驚いていた。

 家臣たちも同じで、商人たちは目を輝かせている。

 どうやってく購入しようかと思っているのだ。

「それで、いくらで売ってくれるのだ?」

「「「……」」」

 光輝たちは、織田信長からの問いに黙り込んでしまう。

 そういえば、磁器の年代や産地の特定はできたものの、海水にかっていたので清掃や補修などにばかり気を使って相場とかを調べていなかった。

「(清輝、この時代の貨幣単位って文だよな?)」

「(兄貴、そこからスタートかよ!)」

「(お前も似たようなものだろうが!)」

 この時代の貨幣単位は千文で一貫であり、貨幣は中国からの輸入品や各地で私的・公的に鋳造された銅銭が混じっていると事前に勉強はしてある。

 だが、一文が具体的にどのくらいの価値なのか光輝にはよくわからなかった。

「(一文が、百新円くらい?)」

「(それで計算したとして、あの青磁のちゃわんはいくらなんだ? 兄貴)」

 先ほど老人が、馬蝗絆にも匹敵すると褒めていた茶碗を清輝が指差す。

「(一億新円として、千貫くらい? でも、そういう名物って国宝クラスだと何十億新円もするってニュースで見たよな)」

 見れば見るほど、値段がわからなくなっていく。

 百文と言われればそんな気もするし、一億文と言われてもおかしいとは思わない。

「(今日子はわかるか?)」

「(みっちゃん、私に審美眼なんてないよ)」

「(清輝は?)」

「(代々庶民のうちの家系に、何を期待しているんだ、兄貴)」

「(だよなぁ……)」

 三人で小声でコソコソ話をしていると、織田信長以下全員の視線が痛かった。

 『早く教えてくれ!』と思っているのかもしれない。

「(値段がわからない以上は……)競争入札でいかがでしょうか?」

 値付けが面倒なので、オークションで販売すると光輝は宣言した。

 とっの思いつきだが、これなら欲しい奴は最低相場くらいは言うし、競れば高く売れるという利点もあった。

「競争入札とは何か?」

「欲しい者が出せる金額を言っていき、一番高い値を提示した者に売るという手法です」

 織田信長はオークションを知らなかったようなので、光輝が簡単に説明した。

「なるほど、それは面白い。客は多い方がよかろう。一ヵ月後に清須城下でその競争入札を行う許可をやろう」

 基本、織田信長は偉そうであったが、相手は殿様なので仕方がない。

 それに、ここに飛ばされる前だって偉そうな政治家、大物官僚、大企業経営者が多かったのを光輝は思い出す。

「ありがたき幸せ」

 こうして、その日の中国磁器お披露目は無事に終わる。

 そのまま帰ってもよかったのだが、織田信長には気を使っておこうと、茶道が好きだと言っていた彼のために、それに使えるてんもくぢゃわんを数点、商人たちには質の悪い皿や茶碗を一点ずつサンプルとして渡した。

 質が悪いとはいっても数貫くらいでは売れる品だそうで、みんな喜んで帰っていく。

「ようし! 金を集めて沢山買うぞ!」

「知り合いを呼ぶと値が上がりそうだが、黙っていても漏れるだろうしな……。恩着せかましく教えておくか」

 商人たちは、一ヵ月後に備えるためにそれぞれ悩んでいるようだ。

「兄貴、オークションとはいいアイデアだな」

「一ヵ月あるから、もっと集めておくか」

「いいね。留守はキヨマロに任せて、近場を探ろうよ」

 往復三週間かけて中国沿岸までカナガワで出かけ、再び大量のお宝を得た三人は、残り一週間をオークションの準備に当てた。


 そして、えいろく三(一五六〇)年の八月。

 清須城下で、歴史に残る大オークション会が開かれる。

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