第二話 上昇気流の織田信長(おだのぶなが)という偉い人 (1)

「へえ、結構盛り上がっているね」

「活気があるわ」

「向こうでゴザを敷いて色々と売っている人がいるね。僕たちも始めようよ」


 さかいという大都市はやめて、みつてるたちはわりの国、しまへと到着した。

 さすがにカナガワは目立つので、商品を小型の脱出用シャトルに載せ、夜陰に紛れてひそかに上陸している。

 このシャトルも宇宙用ではあったが、水中でも使用可能であった。

 ただし、二度と上空には飛び立てない。

「このシャトルに、この時代の船でもかぶせて偽装しようか?」

「船は鉄製にしない? そんなに大きくなければ、それっぽいのは作れると思う」

「最初は木製の方がいいかも。それはあとで考えるとして、早く売ってみようよ」

 三人は軍で使用している多目的シートを広げ、その上に持参した中国磁器を並べる。

 周りはみんなゴザを敷いているが、三人は手に入らなかったので、積み荷の軍需物資のシートを拝借して使用していた。

 積み荷の無断使用は完全な契約違反であるが、どうせもう軍に物資は届けられない。

 ならば有効に活用すべきだと、三人は割り切った。

「ふと思ったんだけど、カナガワのローンはもう払わないでいいよね?」

 ローンを払わないで済んだという現実に、社長の光輝は心躍ってしまう。

「それを考えると、結構得したの? 私たち」

「さあ、それは僕たちがここでどう生きるかじゃないの? 兄貴の目標は?」

「ずばり! 緩やかに生きる!」

 光輝の目標を聞き、きよてるは少し眩暈めまいがしてくる。

「あれから情報をさらに集めたけど、この世界はかなりキツくない?」

 同姓のあしかがさんの幕府がパっとせず、全国各地で戦が起こっている。

 これが収拾するまでは、戦国時代というわけだ。

「俺らがなんとかできるはずもないし、今はこの中国磁器が売れてくれないかなと」

 ほくそうなんそうげんみんの有名な工房の作から、これはというものをチョイスして並べている。

 ただし、三人に芸術的な素養はゼロなので、鑑定はカナガワのコンピューターとキヨマロ頼りだ。

 なぜ産地がわかるのかといえば、カナガワのコンピューターで資料をもとに照合したからだ。

 古代中国の王朝名や磁器の産地など、カナガワのデータベースと違いがなくてほっとする三人であった。

「売れないね……」

 商売を始めてから一時間ほど、たまに客が冷やかしには来るが、磁器の時代と窯の名前を言うと偽物扱いされてまったく売れなかった。

「やっぱり、堺で売った方がよかったのかな?」

「違法だとか言って、ごうしゅうとやらの業突く張り商人に没収とかされそう」

「兄貴、ちょっと被害妄想が入っていないか?」

「そんなことはないぞ」

 光輝は零細運輸会社の社長なので、大手への警戒は必然とも言えた。

 大手というのは、純粋な商売の実力のみでなれるものではない。

 時に権力者と結託し、いや自分が陰の権力者となってルールを決める方になるからもうかるのだと思っていたのだ。

「みっちゃん」

「なんだい? 今日きょう

「ふと思ったんだけど、この市場に磁器の価値がわかる人っているのかな?」

 それはとんだ盲点だと光輝は思った。

 確かに、そういう人がいないとこの中国磁器は売れないと思う。

「我が奥さんながら、相変わらずの鋭い指摘だね」

「みっちゃん、時間が経てば気がつく人は多いと思うよ」

「今日子、それを言ってはおしまいだろう」

 半年にも及ぶ回収航海で沈没船から確実に引き揚げたのだし、中国磁器だけで数十万点にも及ぶ。

 金銀財宝などは別として、一つくらいは当たりがあってほしいと三人は思う。

「これなんて、小物だけど南宋かんよう製らしいわ」

「わかる人だと、『青磁の素晴らしい色合いが……』とか言うのかな?」

「どの色合いが素晴らしいのか、僕たちにわかればね」

 三人で話をしていると、突然周囲が静かになった。

 気になって視線を上げると、そこには二十代半ばほどに見える身なりのいい武士が立っていた。

 瘦せ型で少し神経質そうにも見えるが、まげも服装も清潔感があり、身分の高い人に見える。

 周囲には、十数名の護衛と思われる武士が警戒しながら立っていた。

「(みっちゃん、キヨちゃん、上客かもしれないよ)」

「(偉そうな人に見えるな)いらっしゃいませ」

 足利運輸の社長は光輝なので、彼が対応することにする。

 普段は営業も担当しているので、それなりに接客はできるからだ。

「店主、それらの焼き物は、すべて本物か?」

「はい」

「どういうツテで手に入れた?」

 若い身なりのいい武士は、鋭い目線を向けながら聞いてくる。

「密輸じゃないですよ。実は私たち、沈没船から財宝を引き揚げる特殊な集団とツテがありまして……」

 宇宙船を潜水艦代わりに使って引き揚げたと言っても、絶対に信じても理解してももらえないと思ったので、沈没船から引き揚げた事実だけを教えた。

 引き揚げ方法については、明の沿岸に未開の民族がいて、彼らは深い海に潜ってそういうものを引き揚げるのが上手で、彼らから入手しているのだとうそをつく。

「明にはそんな連中もいるのか。世の中は広いな」

 ここは、三人がいた時代のように情報があっという間に広がる世界ではない。

 三人の言っていることが事実か確認のしようがないし、実際に中国磁器が目の前にある。

 若い武士は納得してくれたようだ。

「まだあるのか?」

「今日は、あまり大きいものは持ってきていません」

 今日は初日なので様子見と思い、あまり大きな品物は持ってきていなかったのだ。

「そうか。一週間後にきよで見てやる。持参せよ」

 若い武士はそう言うと、一筆書いてからきんの入った袋を清輝に渡し、そのまま去ってしまう。

「兄貴、偉い人だったみたいだね」

「そうだな」

「何も売らないで金がもらえたよ。ラッキーだね、みっちゃん」

「何か悪い気がするな。この手紙が清須とやらに入るための許可証代わりか……って!」

「兄貴、どうかした?」

「あの若い武士の人、話題ののぶながらしいよ」

 達筆すぎて辛うじて読めた手紙の署名の欄には、『織田上総介かずさのすけ信長』と書かれていた。

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