第一話 飛ばされて戦国時代? ついでに、沈没船のお宝回収ツアー (2)

「こういう状態なら、子供は地上で育てた方がいいかも」

「兄貴、僕にも結婚願望くらいあるんだけど……」

「現地人に紛れて暮らすのか。三人だけで孤独なのもどうかと思うしな」

 三人の意見は一致するが、ここで一つだけ問題がある。

「生活費はどうする?」

「そうか! アキツシマの新円は使えないのか!」

 清輝がズボンのポケットから財布を出すと、続けて二人も財布を取り出す。

 使える可能性はないのだが、三人はつい中に入っている金額を確認してしまう。

「僕は、三万五千二百三十一新円だね」

「私は、二万四千五百七十八新円ね」

「俺、五千百七十九新円」

「兄貴、社長とは思えない金額だね」

 所持現金の少なさで、光輝は清輝から白い目で見られた。

 『社長としてそれはどうなのよ? 周囲の目もあるでしょうに』というわけだ。

「うるさいな。カードもあるし、地上に降りなけりゃ現金なんて必要ないだろう。必要なら下ろせばいいんだし」

「この世界に銀行なんてないと思うよ。あったとしても、カードで買い物したり現金を下ろしたりなんかできないと思う。僕たちの口座もないだろうね」

「口座の現金がぁ───!」

 あっても使えないし、せっかくめたのに下ろしにも行けない。

 その現実に、光輝が絶叫した。

「会社の口座に、個人の口座もか! 厳しい経営状況の中、俺はこつこつヘソクリを貯めてだなぁ……」

 一度に数百新円ずつ、妻である今日子の目を誤魔化しながら光輝は懸命に秘密の口座に貯めていた。

 それがなくなってしまったことを知り、これまでの苦労が無駄になったと絶望感に打ちひしがれてしまったのだ。

「ねえ、みっちゃん。ヘソクリってなんのこと?」

「あっ!」

 ショックのあまり余計なことを口走ってしまった光輝は、鋭い目つきになった今日子から追及を受ける羽目になる。

 妻に隠れてヘソクリくらいと思いつつ、光輝は元エリート軍人である今日子からのせんさくをどうかわそうかと、脳内で懸命に策を考え始めた。

「ええと……清輝とだなぁ……」

「兄貴、僕に責任を押し付けないでよ」

 二人で使う交際費だと言って誤魔化そうとしたのだが、清輝も今日子から恐ろしい詮索を受けるのが嫌だったようだ。

 光輝を助けてはくれなかった。

「お前、ここは兄を助けようという優しい気持ちはないのか?」

「そこまで責任持てないよ。夫婦の問題は夫婦だけで解決してよ」

「みっちゃん、ちゃんと説明してよね?」

 その後光輝は、今日子から二時間近くに渡ってヘソクリ口座についての詮索を受け、心身ともに無駄に消耗してしまうのであった。


「と、ここで悲しんでいても何も解決しないか」

 だが腐っても社長なので、すぐに気を取り直して善後策を考えることにする。

 なくなってしまったものは仕方がない。

 そうすぐに割り切れるのが、光輝のいいところでもあった。

「この時代の貨幣って、大判、小判?」

「あとは、銀とか銅銭ですね」

 三人とも歴史の知識は曖昧だったが、代わりにキヨマロが答えてくれる。

 彼の人工頭脳はカナガワの膨大なデータベースとリンクしていて、常に適切な解答を示してくれるのだ。

「何かを売って手に入れるか?」

 当座の生活費をどうにかするために、光輝は船の荷物を売ろうかと提案する。

 輸送中の物資に、船内にあるもの、艦内で再生産可能なもの。

 売れば、かなりの財が築けるはずだ。

「いきなりなんでも売るのは危険だと思いますが……」

「そうよね。技術格差がすごいものを売ってしまうと、権力者とかに警戒されると思うし」

「それがあるな」

 変に警戒されると、せっかくの新婚生活が駄目になってしまう。

 光輝は慎重にならざるを得なかった。

「キヨマロ、何か意見はあるか?」

「でしたら、こういう策はいかがでしょうか?」

 キヨマロは、その性能に恥じない素晴らしい案を献策する。

 三人はキヨマロの提案を受け入れ、潜水状態のカナガワをとある海域へと向けるのであった。


「沈没した船からお宝をいただきましょう」

「そうか、それを売れば金になるな」

 光輝が操船するカナガワは、朝鮮半島沖、中国大陸沖、東南アジア海域などの船の航路を回って沈没船から大量のお宝を回収し始めた。

 海に沈んでいるので大半のものは駄目になっていたが、古くはほくそうげんなどの時代の陶磁器、銅銭、金、銀などが回収された。

 古代中国には素晴らしい技術があったのだと、三人は改めて思う。

 未来の中華連邦は、『基本的にパクリ、数だけは沢山ある』という評価を受けていたが。

「お宝、お宝~~~」

「競争相手がいないって、素晴らしいわね」

 光輝と今日子は、宇宙空間用の操作ポッドを改良したもので次々と海底からお宝を回収、それをロボットたちが洗浄、修理して、壊れないように衝撃吸収材と共に木箱などに仕舞っていく。

 この時代に潜水艦などないので、よほど浅瀬にあるもの以外はすべて光輝たちの独占状態であった。

「昔だから沈没船が多いね、兄貴」

「貿易も命がけだったんだな」

「僕たちだって、命がけだったんだけど……」

 宇宙船の船員は、事故や宇宙海賊の襲撃で死亡率が高い職業だ。

 生命保険の掛け金も高いので、世間一般ではなりたがる人は少なかった。

 荒事に慣れていない清輝ですら、何度か海賊に向けて砲撃を行った経験があるのだから。

 今は海に沈んでいるので使用不能ではあるが、カナガワには自衛用の火器も複数搭載されている。

「決済用なのかな? 金とか銀もあるから助かるな」

 昔から、衰えぬ価値のある貴金属だ。

 銅銭ほどは手に入らないが、かなりの量を確保できた。

 あとは、中国製の古陶磁器がどのくらいで売れるかだ。

「アジアだけじゃなくて、世界中を回ろう」

「そうですね。沈没船は沢山あるでしょうし」

 アジアツアーのあとは、中東から地中海、大西洋、南米、北米、太平洋と回って日本近海に戻った。

 沈没船は沢山あり、大量の金銀財宝、美術品などが回収される。

 その位置も、カナガワに搭載されたセンサー類で容易に判明した。

「この半年ほどでひと財産築いたと思うんだけど、この世界、微妙に違わなくないか?」

 この半年で、世界の海を巡って沈没船の中にある金目のものを回収してきたが、その間に日本に関する情報収集も行っている。

 すると、意外な事実が判明した。

「足利幕府って、俺たちと同じみょう?」

 どうも、三人が知っている日本の歴史とは少し違っているらしい。

 細川幕府などなく、代わりに足利幕府なるものが成立していた。

 しかも、末期でかなり衰退しているとの情報だ。

「駄目じゃん、俺たち幕府」

「みっちゃん、別に私たちの祖先じゃないから」

「それはそうなんだけど……」

 同じ苗字の人が没落しているので、光輝は少しモヤモヤしていた。

 別に、助けようという気はこれっぽっちもないが。

「衰退しているということは、戦乱があるってことかな?」

「そうですね、常務。まだ辛うじて、足利幕府が残っている状態ですか」

 沈没船からお宝を拾っている間、キヨマロは無人偵察機のみならず、超小型の虫型偵察機なども日本の町中に飛ばして情報収集につとめていた。

 これは、盗聴器が変化したようなものである。

 民生用で清輝がネオアキハバラから購入したものであったが、これが意外と役に立っていた。

「そんな状態で、商売とかして大丈夫なのかな?」

「ええと、定期的にあちこちで戦をしているようですが、さかいという町はかんごう都市で、ごうしゅうという有力商人によって運営されているようです。他にも、それなりの商業都市が複数ありますね」

 キヨマロは続けて報告する。現在は、えいろく三(一五六〇)年の七月だそうだ。

「知らない年号だな」

 カナガワのデータベースに入っている資料は、役に立つものと立たないものの差が大きい。

 日本の人物や歴史などは、ほぼ資料と違うと見ていい。

 技術や文化的な部分は似ているようだ。

 不思議なことに、中国の人物、歴史、文化にはあまり差がなかった。

「じゃあ、この堺って町で、引き揚げた中国磁器でも売ろうか?」

「それが、そう簡単にいくかと……」

 キヨマロは、光輝の提案にくぎを刺した。

「ああ、この時代って、座とかがうるさいんだっけ?」

 勝手に商売をすると、下手をすると殺されるかもしれない。

 こちらの無知をあげつらって、集めた金銀財宝を没収するかもしれないと。

 宇宙でも、奇妙な法律や、罰金だのワイロだのと商人から搾取する汚職政治家や官吏はいた。光輝は警戒すべきだと思い、今日子と清輝もその意見に賛同する。

「自由そうな都市はないのかな?」

「そうですねぇ……わりしまとかはどうです?」

 キヨマロからの情報によると、尾張半国を支配するのぶながという大名が、かわ遠江とおとうみ駿河するがの三国を治め二万五千人もの兵を出したいまがわよしもとを、わずか三千人の兵士で討ってしまったそうだ。

「凄い人なのかな?」

「みっちゃん、その津島の方に行かない?」

 下手に力がある人よりも、これからの人に協力して恩を売った方がいいかもしれないと三人は思った。

「これからの人みたいだし、その上昇気流に乗って商売繁盛だよ、兄貴」

「それもそうだな」

 ここで悩んでも仕方がない。

 三人は、急ぎ尾張の津島へとカナガワを航行させるのであった。

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