第三話 魔法のお師匠様 (3)

 先ほどのアドバイスと、魔法に必要な集中とコントロール。

 ここ二週間ほどの修行と師匠からのアドバイスを参考に、俺は意識を集中する。

 やはり、すぐには発動しない。

「大丈夫、落ち着いて集中して」

 師匠から応援を受けながら更に集中すると、徐々に聖系統特有の青い光が両腕からあふれるように流れ出ていた。

「見本を見せられなくてすまない」

 申し訳なさそうに師匠が言うが、語り死人というアンデッド系の魔物になっているので、聖の魔法が使えなくなっても当たり前としか言いようがなかった。

 そして二時間ほど、何十回と練習を重ねた俺は、遂に師匠を成仏させられそうな威力の光線魔法の習得に成功していた。

「いよいよだね。とその前に……」

 俺が『聖』魔法を使えるようになったのを確認すると、師匠は自分が持つ魔法の袋から高価そうなティーセットと魔道具である携帯用のコンロを取り出していた。

「一服しようか」

「あの……。師匠?」

「ヴェルの特訓にもがついたから、最後にお話があるんだよ」

 師匠は携帯コンロでお湯を沸かしながら、ポットに同じく魔法の袋から取り出したお茶の葉を丁寧に量りながら入れていく。

「マテ茶の葉は、ちゃんと量って入れないと苦くなっていからね」

 マテ茶とは、この世界で一番飲まれている日本の緑茶によく似たお茶である。

 バウマイスター家でも出るが、ケチなのでと大して違わない薄いものばかり飲まされて、俺はあまり好きではなかった。

「とっておきの高級な茶葉だよ。まだ沢山あるから、ヴェルはまた後で好きな時に飲めばいい」

 お湯が沸き、師匠は丁寧にれたマテ茶を高価そうなカップに注いで俺に渡した。

しそうには見えるんだけど、私はもう味を感じないからね」

 アンデッドになると、ものの味がわからなくなるそうだ。ゾンビなどは食欲が増大して何でも口に入れるが、食べ物の味自体は全くわかっていないらしい。ただ空腹だから、口に入れるわけだ。

「さて、お話をしようか」

 師匠が淹れてくれたマテ茶は美味しかった。

 これに比べたら、バウマイスター家で出るのは色の付いた白湯である。

「まずは、一番弟子に贈る卒業記念品についてだ」

 師匠が孤児で家族がいないのは、前に聞いたとおりだ。

 雇われていたブライヒレーダー辺境伯領には屋敷と多少の金銭があったが、これは既にブライヒレーダー辺境伯家によって接収されているはずなのであげられないという。

 だが、今自分が装備しているローブやサークレットなどは俺が大人になれば装備できるし、属性魔力の刀身を出す『魔法剣』や、いくつか付けている指輪やネックレスなどのアクセサリー類も同じだ。

 そして一番の目玉は、実は財産の大半を入れている『魔法の袋』の使用者を俺に変更してくれたことであった。『魔法の袋』とか、これも某RPGなどでよく聞くものだ。

 中に、その袋の容量を超えた大量の品物を入れることができる魔道具。

 この世界では、いくつかの種類に分類されている。

 まずは他の魔道具と同じで、魔法使いにしか使えない専用品か、誰にでも使える汎用品か。

 次に、登録者以外の人だと品物の出し入れが不可能になってしまう専用品か、誰でも出し入れできる汎用品かどうか。あとは容量の問題があるが、これは容量が大きく、誰にでも使えるものほど作れる魔法使いが少なく、値段も高くなるらしい。

「私が君に託す魔法の袋は、魔法使いにしか使えず、既に専用使用者を君に変更してある。容量に関しては、使用者の魔力限界量に比例するようになっているので、君が使った方が容量は上がるだろうね」

 そう言いながら、師匠はビーズのような魔晶石が付いたきんちゃくぶくろを俺に渡す。

「小さいけど、大きなものを入れる時には口が広がるから大丈夫。中身も全て君にあげよう。このまま魔の森で朽ち果てさせるよりは、君が使った方が有用だからね」

「ですが、そんなに高価なものばかり……」

 俺がもらうのを躊躇ためらうと、師匠は笑顔で言葉を続ける。

「ヴェル。私にも師匠としてのプライドがあるのさ。弟子へのせんべつをケチるのは、ちょっと恥ずかしいかな?」

「それでは、お預かりします」

「ヴェルはまだ小さいのに律儀だね。子供なんだから、遠慮しないで貰って構わないのに」

 魔法の袋の譲渡が終わると、あとは取り留めのない世間話をした。

「子供の頃は、ヴェルと同じように魔法で狩りをしていたね」

 ウサギやいのししなどを魔法で狩り、住んでいた孤児院では英雄だったそうだ。

「ヴェル。肉は、偉大なのさ」

「とてもよくわかります」

「小遣い稼ぎもよくしたね」

 魔法で地面から砂鉄を集め、まったら屋などに売りに行っていたそうだ。

「孤児だったけど、魔法のおかげでそう貧しくはなかったね。ヴェルも要領よく頑張って。外の世界は、楽しいから」

 それからもしばらくは色々な話をしていたが、遂に師匠を成仏させる時間になる。

「名残惜しいけど、そろそろお願いしようかな」

 そう言いながら、師匠はローブをまくって自分のお腹を見せる。

 すると、既にその部分の肌色は語り死人特有の青白さからゾンビの茶色へと変色していた。

 もう時間がないのは事実であったのだ。

「わかりました」

 俺は柄にもなく鼻をすすり涙を流しながら光線魔法を発動し、それを指先に溜めていく。

 生前、高位の魔法使いであった師匠が魔物化している以上、それを成仏させるためにはかなり魔力を溜めなければいけなかったからだ。

「師匠……」

「私は満足しているんだ。このまま魔の森の奥地でゾンビとして彷徨うところであったのを、こうして弟子に自分の技を伝えることができた。安心して天国か地獄に行けるというものだ」

「師匠……」

 俺は、涙が止まらなかった。

 この世界の魔法習得は、確かに自分だけで何とかしなければいけないのが現実だ。なぜなら、自分で有効であった修練方法が他の人に適合する確率が物凄く低いからだ。

 だが、師匠の鍛錬方法は、まるで奇跡のように俺に合っていた。

 この二週間で得た成果は、自分だけで修練していたら何年間もかかっていたであろう。更に、器合わせまで行えて、俺の魔力量は修行前の何十倍にも増えていた。

「このまま慢心することなく努力を積み重ねていってほしい。君は……ヴェルは、必ずや歴史に名を残す魔法使いになるのだから」

「はい……」

 涙と鼻水を啜り上げ、俺は溜めていた聖の光線を師匠に向かって放つ。

 すると、師匠は一瞬にして青白い光の渦に包まれていた。

「いい魔法だ。まるで苦痛を感じない。むしろ、心地よい温かさに包まれているようだ」

 その言葉とは裏腹に、師匠の体は徐々に見た目が薄くなっていく。

 本当に、もうすぐ師匠は消えてしまうのだ。

「師匠、今までありがとうございました」

「気持ちよく成仏させてくれてありがとう。また百年後くらいにあの世で会おう」

 最期の言葉としてはどうかと思ってしまうが、その言葉を最後に師匠は装備品と魔法の袋を残し、その肉体を青白い光と共に天へと昇らせていくのであった。


 これが、俺が唯一師匠と認めるアルフレッド・レインフォードとの短い交流の記憶となった。

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