第三話 魔法のお師匠様 (2)

 師匠との秘密の鍛錬は、既に予定の一週間を超えて二週間に達しようとしていた。

 その間俺は、一秒でも長く師匠といられるように、お昼の弁当まで準備してもらって森に向かっていたのだ。多分家族は、俺が狩猟や採集を楽しんでいると思っているのであろうが。

「最後に、特殊な系統魔法である『聖』を教えようと思う」

 聖の魔法は、性質的には水に近いものだと本には書かれていた。

 聖職者がアンデッド系の魔物を退治する時に必ず使うのだが、厳しい修行を経た聖職者は魔法使いの才能がなくても、この魔法を発動することができる。

 アンデッド系の魔物には硫酸のような効果を示す聖水を作ったり、胸元の十字架に祈りをささげてその動きを止めたりする『聖』の魔法が効果的だ。

 ただ、本当に真面目に修行をしていないと効き目がないそうで、そこまでの厳しい修行に耐える聖職者の存在自体が貴重ではあるらしい。教会で出世競争にばかりかまけている偉い枢機卿さまがろくに聖水すら作れないケースも多々あり、これは世間では公然の秘密になっている。

 あとは、数は少ないが魔法が使える聖職者の存在であろうか。

 聖の属性を持つ光線のような魔法を放って呪われた人を治療し、純粋な回復魔法での治療を行い、教会に所属する戦士の武器に聖の属性を一時的に添付してアンデッド系の魔物を倒したり、ゾンビの集団を滅ぼす広範囲に作用する聖光と呼ばれる魔法を使ったりと、前世で言うところの、某RPGのような聖魔法が存在しているようなのだ。

「君ならば必ず習得できる。そして修行の卒業試験として私を成仏させてほしい」

 珍しく、師匠は真剣な表情で俺にお願いをするのであった。

「いや、しかし……」

「そろそろ、私も限界なんだよ。意識と理性をなくし、本能だけで人を襲うゾンビにはなりたくないのさ」

 師匠から、最後の卒業試験として聖の魔法で自分を成仏させてほしいと頼まれたが、さすがにそれには少しちゅうちょしてしまう。

 だが、師匠は早く自分を成仏させてほしいと懇願していた。

「私は、極めて優れた魔法使いであったと思う。だから、これだけの長時間、肉体を保ちながら意識と理性まで保持していたんだ」

 普通の語り死人は、長くても一年間ほどしかその形状がたないらしい。

 それを超えると、今度は次第に意識と理性が消えていき、肉体も徐々に腐ってゾンビと大差がなくなるのだそうだ。

「私には、もう時間がないんだ。我が弟子、ヴェンデリン・フォン・ベンノ・バウマイスターよ。最後に私を安心させてくれないかね?」

「師匠……。わかりました……」

 俺は、師匠から渡されている手引書の最後の項目である聖の魔法のページをめくり、そこに書かれた内容を一読する。本には、基本的な概念しか書かれていない。

 この魔法が使えるのかは、本当に俺の適性一つにかかっているのだ。

 さすがに特殊な魔法だけあって、最初は碌に発動すらしない。

「コツと言えるかどうかはわからないけど、治癒魔法が水系統なのは、人間の体が大量に水を含んでいるからだ」

 体内の水に作用するようなイメージを浮かべると、水系統の治癒魔法は効率よくかけられるようになる。

「攻撃魔法も同じだね。空気中の水に作用するようにイメージすると威力が増すわけだ」

 体内や大気中に水分が含まれているのは、この世界でも学者が証明している。

 学者や大貴族などのインテリ層しか知らないことであったが、師匠のように魔法習得のために勉学に励んで知っている人も多かった。

 俺は、日本の学校で習っていたので同じく水魔法の習得に生かしていた。

「ここまではいいかな?」

「はい」

「それで、聖魔法なんだけどね」

 聖魔法も、水と同じ考え方をするそうだ。人間の体内にある生命力を高め、それを自分の魔力で複製するようなイメージを浮かべる。

「魔力で複製ですか?」

「生命力だもの。沢山使ったら、その人は死んでしまうよね」

 聖魔法が使えない人は、自分の生命力が使われることに体が自然に抵抗しているのだと師匠は説明した。

 聖魔法とは、生き物の生命力そのもので、だからこそアンデッドに絶大な効果があるのだそうだ。

「魔力で複製するから何の影響もないのだけど、慎重すぎて本能で防衛してしまうのだと思う」

 その壁が突破できないから、使える人が少ないのだそうだ。

「体内の生命力を一時的に一箇所に集め、その上澄みを同じく体内で圧縮した魔力と繋げて、着火させるようなイメージを。魔力の圧縮は、この二週間で教えたとおりに」

 俺は、師匠との修行漬けであった二週間を思い出す。


『魔力の集中ですか?』

『そう。火種の魔法は使えるよね?』

もちろんです』

『火種』の魔法とは、指先からライターやマッチのように小さな火を出す魔法だ。

 火付けに使えるので、魔道具がない場所や冒険や野営する際に重宝される。

『出してみてくれないかな?』

『はい』

 俺は、人差し指から難なく『火種』の小さな炎を出していた。

『さすがに、才能があるね。でも、ここで満足していたら駄目だよ』

 師匠は両手を広げると、十本すべての指先から小さな炎を出していた。

『凄い……』

『あとは、こんな技もある』

 更に、指先の炎の大きさを同時に大きくしたり小さくしたり、左右の親指から順番に炎を大きくしたり小さくしたり、炎の形を数字の0から9までにして全ての指先に作ってみたり。

 そのあまりの器用さに、俺は言葉もなくれていた。

『ヴェルは、想像力が豊かですぐにその魔法を習得する天才だと思うんだ』

 確かにそれは事実だが、その理由は子供の頃に遊んでいたテレビゲームのRPGや、見ていたアニメなのであまり褒められたものではなかった。

『習得できなければ使えないからね。でも、使えるようになった魔法を極めるという行為も必要となる』

 その魔法をどのくらいの威力で、どの範囲にまで行使するか。

 そのコントロールが上手になると、所謂いわゆる『上手い魔法使い』になれるそうだ。

玄人くろうと受けするわけだね。攻撃魔法とかだと、同士討ちや無駄な魔力の消耗も防げる』

 一体の魔物を攻撃するのに、広範囲の攻撃魔法など意味がない。

 それに、余計な魔力の消費は魔力切れとその後の死を招き寄せる可能性があった。

『今くらいできるようになると、他の魔法でも十分に応用が利く。集中とコントロールの訓練は、毎日コツコツと訓練する必要があるからね』

 死ぬまで毎日訓練しろと、師匠は笑顔でアドバイスする。

『私には残された時間が少ないからね。私がいなくなっても、サボっては駄目だよ』

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