【書籍試し読み増量版】八男って、それはないでしょう！ １／Ｙ．Ａ

第三話 魔法のお師匠様 (１)

「ようやく、波長の合う人間と出会えた。君の名は？」

　父から語り死人の話を聞いた翌日、いつものように森へと入った俺は、そこで青白い肌が特徴の三十歳前後の人物に話しかけられるのであった。

「私の名は、アルフレッド・レインフォード。生前は、ブライヒレーダー辺境伯家でお抱え魔法使いをしていた人間だ」

　この突然話しかけてきた人は、どうやら話題の語り死人であるらしい。

　しかも彼は、俺の探知魔法に一切引っかからず、採集のために下を向いているところに突然話しかけてきたので、俺の心臓はバクバクしたままであった。

「驚かせてしまったようだね。つい、波長の合う人間に会えて焦ってしまったようだ。すまない」

　この、容姿も言動も名前も紳士なイケメン兄さんは、驚く俺にすまなそうに頭を下げていた。

　イケメンで性格もいいなんて、俺が女なら惚（ほ）れてしまいそうなほどの好男子だ。これで肌が青白くなければ完（かん）璧（ぺき）なのだが、その肌の青白さこそが語り死人の特徴なので仕方がないとも言えた。

「年齢の割に『探知』の魔法が上手なようだね。というか、これほどの『探知』魔法を使える魔法使いは貴重とも言えるね。ああ、私が『探知』に引っかからなかった件だけど、何も死霊系の魔物がコレに引っかからないということではないからね。私が『探知』を誤魔化す魔法の名手だからというだけなんだ」

「物（もの）凄（すご）い魔法ですね」

「そうだね。この大陸で使える人が十人いるかどうかという魔法さ。当然、君にも覚えてもらう予定だけど」

「はい？」

　突然の語り死人からの提案に、俺は思わず変な声をあげてしまう。

「語り死人を成仏させる方法は聞いているよね？」

「はい、話を聞いて願いを叶（かな）えてあげるとかで」

「私の願いは、この三十年の人生で得た魔法を授ける弟子に出会うことさ。君は魔力に長（た）けているし、独学でほぼ一流の技量を得ることに成功している。魔法の会得とは、ほぼ独学で成し遂げるものだけど、一週間ほど私からコツを聞けば、その習熟は早まるはずだからね」

　そんなやり取りの後、俺はこの元ブライヒレーダー辺境伯のお抱え魔法使いであったアルフレッド・レインフォード氏の弟子となる。

　朝、武芸の簡単な訓練を終えてから森の奥へと向かうと、そこには家族を誤魔化すために俺に持たせる獲物や採集物を準備した師匠が笑顔で待ち構えていた。

　狩猟と採集の時間を、なるべく魔法の訓練に充てるためだ。

「しかし、凄いものですね」

「魔法を使えるとね。生活の糧には困らないものさ」

　やはり師匠も、素早いホロホロ鳥などを魔法で上手く落としているようだ。

　しかも、あっという間に俺の『ボウガン』の魔法を真似して習得までしていた。

「じゃあ、始めようか」

「まずは何をするのですか？」

「うん、『器合わせ』という修練方法だよ」

　完全に独学の俺は知らなかったが、これは短期間で一気に魔力の量を上げる修練方法らしい。

　お互いに両手を握り合って輪を作り、双方の体に徐々に大量の魔力を循環させていく。

　すると、魔力の少ない方の魔力量が、魔力の多い方と同量になるらしい。

「ただ、これは可能性の問題でね。最初からその人の最大魔力量が決まっているから、それを超えて魔力量が増えるようなことはないんだ」

　要するに、魔力量が10の人と１００の人が器合わせを行った場合、理論的には魔力量が10の人は１００になる。だが、その人の魔力限界値が10の場合は成長しないし、30だと30までしか上がらない。もし２００あったとしても、１００までしか上がらないのでこれをしたからといって修練をサボっていいわけでもないようだ。

「こう見えても私は、君の十倍以上の魔力量を持っている。まだ魔力が成長している君には十分に役に立つはずだ」

「あの、そんなに魔力量を急に成長させて大丈夫ですか？」

「はははっ、破裂とかはしないから。ただ限界魔力量が低い人に一気に大量の魔力を流すと、魔力酔いで二、三日具合が悪くなるようだね。命の危険はないけど」

　そんな説明を聞きながら、俺と師匠は両手を繋（つな）ぐ。

　やはり師匠は死んでいるらしく、その手は少し冷たかった。

　それから目を瞑（つむ）り、双方が魔力を湧（わ）き上がらせながら、お互いに繋いだ手から相手の魔力路を通して魔力袋へと魔力を流すイメージを思い浮かべる。

　すると、次第に師匠の手から膨大な魔力が流れ込むイメージが頭に思い浮かんでくる。

「ほう、これは予想以上に」

　十分間ほどこの状態が続いていたが、突然一気に魔力の流れが止まってしまう。

「よし、これで『器合わせ』は終わりだね」

『器合わせ』なる儀式が終わって双方が両手を離すと、師匠は目を輝かせながら俺に話しかけてくる。

「やはり見込んだとおりだね。今の君は魔力量だけなら私に匹敵するレベルになっている。しかも、まだそれが限界でもない。君は、歴史に残る素晴らしい魔法使いになれるよ」

「そうなんですか？」

「私が保証する。君は、私を超える魔法使いになれる。慢心しないで着実に鍛錬を続けていれば」

　それから一週間、俺は師匠から細かく魔法の訓練を受け続ける。

　さすがに広範囲の上級戦闘魔法の練習はできなかったが、それらは独学で問題ないと師匠から言われたので、他の難しい特殊な魔法の鍛錬を中心に続けていた。

「師匠、その棒は何ですか？」

「私の作った『魔力剣』の柄（つか）の部分だね」

「師匠は、魔道具の製作も行えるんですね」

「簡単なものだけだけどね」

　魔道具の製作は、魔法使いの中でも特殊な才能を持つ者にしかできないと書物には書かれていた。

　ただ、師匠に言わせると、この書物の記載は正確ではないらしい。

「魔道具には、二種類があるんだ」

　そう言いながら、師匠は自分の持ち物である書物を俺に見せる。

　本のタイトルはずばり、『魔道具の作り方と、その設計図』であった。

「作り方は、その本のとおりさ。基本さえ掴（つか）んでいれば、多少雑な作りでも問題なく使える」

　確かに、本に書かれた魔道具には普通の日用品のようなものが多い。

　唯一違う点は、そこに米粒大の魔晶石が付けてあるということであろうか？

「えらく小さい魔晶石ですね」

「そうだね。それは、発動用の魔晶石だから」

　つまり、これに魔力はさして込められていないらしい。どちらかというと、魔法使いが体内から流した魔力を魔道具本体へと繋ぐバイパスのような役割をしているようだ。

「あれ？　ということは？」

「魔法使いにしか使えない魔道具なんだよ。もっとも、魔力さえあれば自分が使えない魔法を発動可能なので、大抵の魔法使いは複数持っているし、これを作れる魔法使いは多い」

　逆に、滅多に作れる魔法使いがいないのは、これに大量の魔力を蓄えた電池のような魔晶石が付いた魔道具なのだそうだ。それは、魔法など使えない人でも使えるので汎用性が高い。

「ただ大容量の魔晶石を付ければいいというわけでもない。下手に付けると使用時に道具が爆発するからね。だから、汎用性のある魔道具は値段が高いわけだね」

　それと、魔晶石の魔力が尽きたら魔力の補充が必要である。

　当然、魔力の補充ができるのは魔法使いだけ。容易には普及しないわけだ。

「魔法使い用のなら、君でも簡単に作れるさ」

「なるほど、そういうことだったのですか。ところで、その剣ですけど……」

「対魔物用とも言えるかな？　属性魔力を刀身にして出すための魔道具さ」

　そう言うと、師匠は柄だけの剣から、青白い一メートル半ほどの細い炎を出す。

「青い炎は温度が高い。これの攻撃を防ぐと、鋼の剣でも溶け切れるだろうね」

　続けて、氷、風、なぜか岩でできた刀身を次々と柄から発生させていく。

「魔物には、弱い属性を持つものが多いからね。火が苦手な魔物には火の刀身を、水なら氷、岩製の刀身については、見た目が微妙でも土の属性が苦手な魔物には効果が絶大なんだよ」

　説明の後、俺は無事にこれらの魔法や、魔法使い専用の魔道具に取り付ける魔晶石の作り方についてもレクチャーを受け、それを習得することに成功する。

　魔晶石は、魔物の体内から出る魔石が原料になっている。

　この森には魔物がいないので、材料は師匠持ちとなっていた。

「意外と時間がかかりませんね」

「基本の鍛錬はね。実戦は、私でも油断すればこうなるのさ」

　この一週間で、俺は師匠が優れた魔法使いであることを確信していた。

　だが、それほどの実力を持つ師匠でも、下手を打てば簡単に死んでしまうのがこの世界なのだ。

「数の暴力の前には、個人の強さも無力という現実があるのさ」

　魔法の鍛錬の間に、俺は師匠から色々な話を聞いていた。

　孤児であったことや、それでも魔法の才能があったので冒険者として稼いでいたこと、その実力を買われてブライヒレーダー辺境伯のお抱えになったものの、最初の大きな仕事が、あの魔の森への進軍であったことなどをだ。

「上司運がないんですね」

「小さいのに、難しい言葉を知っているね。極論すると、そうなるかな」

　せっかく栄達したのにすぐに死んでしまい、師匠は悔しくはないのだろうか？

　そんなことを考えていると、師匠が俺の心を見透かしたように言葉を続ける。

「悔しくないと言えば嘘（うそ）になる。でも私は、語り死人になっても自分の魔法を伝える弟子を見つけ出せた」

「それが、俺であると？」

　優れた魔法使いほど、他の優れた魔法使いの気配に敏感らしい。

　魔法を使う時以外は、魔力は魔法使いの体内に篭（こも）っていてそれほど探知しやすいものではないそうだが、第六感とでも言うべきなのか、何となく察知できるものらしいのだ。

「ですが、俺は……」

「君の場合は、この周辺に魔法使いがいなかったからね。でもこれからは大丈夫。君は、私の存在を覚えた。これからは徐々に、他の魔法使いの気配に敏感になるはずだよ」

　師匠は、魔の森で主君であるブライヒレーダー辺境伯を魔物の大群から守り続け、数千匹は魔法で殺したらしい。しかしそこで魔力が尽き、呆（あっ）気（け）ない人生の幕引きを迎えたそうだ。

　そしてその死後、未練のあった師匠は語り死人に生まれ変わり、自分が歩いて行ける範囲に、自分の魔法の技を伝える魔法使いが現れるまで、彷徨（さまよ）い続けた。

「君の気配を感じた時は、これほど嬉（うれ）しかったことはないね。でも、この楽しい時間ももう少しで終わりだ」