第二話 魔法を訓練してみる (3)


    *   *   *


「森に行ってきます」

「熊やおおかみには気をつけるんだぞ」

 初めてホロホロ鳥を仕留めてから一週間後、いつものように森へと出かける俺に、えらく上機嫌な父の姿があった。

 それもそのはず。開墾の手伝いもまだ無理だと思っていた味噌っかすの俺が、プロの漁師でも狩るのが難しいと言われるホロホロ鳥を毎日狩ってきて、家族の食卓を豊かにしていたのだから。

 他にも、野苺や山菜やねんじょなど、食べられる食材を的確に採集してくるので、最近では家族の受けもよくなっていた。

 やはり、黒パンと塩野菜スープだけの食事には皆がへきえきしていたのだ。

 この村の生活はさして余裕があるわけではない。人手の多くを、次第に増える人口に対応すべく新規の開墾と農作業に割り振っている影響で、狩猟と採集が行える人と時間が少なくなっていた。

 人を食わせる基本食材は、あくまでもパンの材料である麦。

 その基本に則り、父は人手を動かしていた。

 子供を狩猟や採集に回すというのは危険かもしれないが、俺はしょせん八男で、もし死んでも大きな影響があるわけでもない。

 同じ子供でも、領民の子供は農作業や稼業の手伝いに忙しい。更にその貴重な労働力に死なれると困るので、現在子供で森に入っているのは俺だけであった。

 五歳の子供の稼ぎに期待する貴族ってどうなのかと思うが、これが貧しい下級貴族ばかりか、この世界に住む民の多くが営んでいる現実なのであろう。

 俺が成人してから行く予定の都市部が、かなりマシであることを祈るばかりだ。

 そして俺は、己の食生活向上のために狩猟採集活動を続ける。

 食事にホロホロ鳥や山菜を使ったおかずや、あの味気ないボソボソの黒パンに野苺を使ったジャムが好きに塗れるからだ。

 他にも色々と手に入るものは多いし、何しろ森の中ならば自由に魔法の練習ができるのだ。

「一般的に『報告』と呼ばれる魔法は……」

 あまり派手な攻撃魔法の練習ができない分、俺は身体機能を一時的に強化する補助魔法や、他の生活魔法などの練習を主に行っていた。

 探知魔法で大型の野生動物が接近してこないのを確認しながら森の奥まで進み、今度は別の魔法をこの森の中で試すことにする。

 その新しい魔法『報告』は、これは文字どおり使用者に何かを報告する魔法だ。

 試しに使ってみると、視界に入った数箇所にぼんやりと薄い光が放たれている。

 これは、書斎で試した時とまるで同じであった。本棚の奥がぼんやりと光り、そこから銀貨が数枚出てきたのだ。多分、父は書斎に入らないので母のものだと思われる。俺はそっと、その銀貨を元の位置に戻した。

 光っている場所をよく見ると、それは木の根元から地面に伸びている自然薯のつるだったり、自生しているトリカブトだったりした。

 なるほど、確かに何かの居場所をぼんやりと光ることで報告してくれるようだ。

 だが、自然薯は食料として有効だが、トリカブトはこの世界ではあまり使い道がない。毒草なので、暗殺に使われることが多いからだ。

 毒だけど、使いようによっては薬になると前の世界で聞いたような気もしたが、その使い方がイマイチ不明なので今のところは放置することにする。

 俺はまず、土系統の魔法を改良した『掘削』の魔法で自然薯を掘り出す。

 前の世界でもそうだが、こんな五歳の子供が自然薯を自力で掘っていたら、それこそ日が暮れてしまうというものだ。

 しばらくすると、全長二メートルほどの見事な自然薯が姿を現した。

 さすがは、普段あまり人の出入りのない森。

 見事な自然薯だが、考えてみると長すぎて持ち運ぶのに不便だ。

 売り物というわけでもないので、半分に折ってから背嚢にくくり付ける。

 あとは、いつものようにホロホロ鳥を二羽狩り、他にも山菜やアケビなどを採って背嚢に詰めていく。

「しかし、この森の生態系や植生が理解できないな……」

 前世の日本の森ではないので当然なのだが、見たことがないような動植物に、松や杉、ウサギに猪、熊に狼、そして自然薯や山菜やアケビなどと、日本でもみのある動植物が、混在している。

 自然の恵みは、かなり多い方と言えよう。

 ただ、普段は人手の多くを農作業に従事させているので、頻繁に狩猟採集に回す人間は、プロの猟師以外にいないようであった。

 それと、熊や狼けで基本は複数の成人男性で森に入るのが普通らしいのだが、そう簡単に複数の成人男性が集まることは労働環境的に不可能とも言えた。

「しかも、そのプロの猟師たちも、自分の家から近い別の森で狩りをしているらしいし」

 何とももったいない話だが、収量が安定しない自然の恵みよりも、税収になり、ある程度収量が見込める農作物の方が優先なのは、これは領主として当然の考えとも言えた。

 何しろここは他の領との交流が少ないへきなので、自給自足ができないと飢え死にに直結してしまう。

「あとは……」

 新たにぼんやりと光る場所を探すと、そこにはビワによく似たような果実が木になっていた。この世界でもビワはビワと呼ばれていたはずだ。

 俺は、一応毒を探知する魔法をかけてから皮をいて実をかじってみる。

 すると、ビワよりも甘い果汁が口の中に広がっていく。

 他にも、アケビに似た果物や、柿に似た実も採取していく。

 このような果物が採れるので今は季節でいうと秋なのかと思ったのだが、そういうわけでもないらしい。

 今は春と夏の間くらいらしいのだが、なぜこのような果物がなっているのかと本で調べると、『果実のなる時期は、その木の個体それぞれで違う』と書かれていた。

 つまり、季節を問わず実のなる木がなにかしらあるということ。

 更にここは、冬でも雪など降らず一部の樹木が枯れる程度の温暖な地のため、冬に実をつける個体も他より多いようだ。さすがは、大陸の南部とも言える気候であった。

 その割には、食生活が貧相なような気もするのだが。

 とはいえ、今は子供の身なのでどうにもならない。

 多くの魔法を使い、規定の収量を確保した俺は家路へと急ぐ。

「ご苦労様」

 母に収穫の成果を渡し、二品ほどおかずが増えた夕食を堪能していると、父が突然こんなことを言い始める。

「猟師のエベンスが、『語り死人』を目撃したらしい」

「本当ですか? 父上!」

 長兄のクルトが驚きの声をあげる。

「ああ、五年前の犠牲者だろうな」

 そう、五年前に魔物が住まう魔の森の一部でもと解放を願った父と、その利権に釣られて兵を出したブライヒレーダー辺境伯は大きな犠牲を出している。

 幸いと言おうか、二千人もの他領の軍勢を領内に入れたので治安維持のために忙しかった父は、魔の森に行かずに済んだ。

 だが、父の家臣であった叔父が率いた軍勢百名は、わずか二十三名しか戻ってこなかったらしい。

 当然、その叔父も帰ってこなかったようだ。

 せっかく人口が少しずつ増えていたバウマイスター騎士領において、七十七名もの成人男性の死が大きかったことは想像に容易たやすい。

 今の極端な農作業への人員の配分や、俺が森で危険と隣り合わせで狩猟と採集を行っても何も言わないのは、その辺の事情が大きいようであった。

 なお、当のブライヒレーダー辺境伯軍も、先代当主を含めて千九百二十五名が戻ってこなかったらしい。

 世間の定義では、ほぼ全滅に近い犠牲であった。

「これから暫くは、死霊系の魔物に悩まされますか……」

「まだ、語り死人なのでマシとも言えるな。ゾンビだと討伐が面倒だ」

 自分のテリトリーからは一切出てこないのが常識である魔物であったが、数少ないの例外の一つがこの死霊系の魔物であろう。

 元が人間なので、魔物になっても本能で故郷へと戻ろうとする個体がどうしても一定数発生してしまうからだ。

「なぜ、語り死人だとマシで、ゾンビだと駄目なのですか?」

「ゾンビには、理性がないからな」

 ほぼ本能だけで動いているので、生きている人間を見るとその肉をらおうとするそうだ。

「だからゾンビなら、人手を集めて退治しないといけない」

 これは、早急に討伐が必要なようだ。

 ただ動きも鈍いし、ものすごく火に弱いので、油をかけて焼いてしまえばいいらしいのだが。

 そして肝心の語り死人であるが、これは対応がケースバイケースになる。

 死の恐怖で凶暴化していてゾンビのように焼くしかないケースや、普通の人間のように話しかけてきて、話しかけられた人がお願いをかなえてあげると成仏してしまうケースなど。

 話しかけられる人は基本的には神父などの聖職者が多いようだが、波長が合えば普通の人でも成仏させることは可能なようだ。

「神父様に頼みます?」

「マイスター殿は、年のせいで腰が悪くてな。どこにいるのかもわからない語り死人を探すことなど不可能だよ」

 こんなへんな土地ではあるが、一応は王都にある教会の総本部から神父の派遣は行われている。

 ただ、本当に神父は八十歳を超えた老人が一人だけ。

 シスターもいないので、教会の雑務は領内のバアさんが数名で手伝っている有様であった。

 しかも、このバウマイスター騎士領には信心深い人間などほとんどおらず、俺も数回だけ嫌々ミサに参加したのみであった。

 多分、この老神父が天に召されない限りは、王都から新しい神父は来ないであろう。

「そういうわけなので、ヴェルも森に入る時には気をつけるように。そのうち、うちの領内から出ていく可能性もあるしな」

 何とも無責任な父の話を聞きながら、不謹慎にも俺は語り死人に興味を持ってしまうのであった。

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