第二話 魔法を訓練してみる (2)

「大体一キロ圏内かな?」

 そんなわけで俺は、目立たずに使える上級の風魔法を駆使した探知の魔法を練習していた。

 この魔法は、指定範囲内の自分以外の存在を全て把握するという魔法で、これの使い手はとても少ないと本に書かれていた。それと、精度もピンキリだそうだ。

 ただそこに何か生き物がいるとしか判別できなかったり、人間が何人、このくらいの大きさの動物や魔物が何匹か、など。

 有名な探知魔法の使い手は、数十キロ範囲の生物の動きを全て察知できるらしい。

 更にすごいと、一度探知した人間や生物などを記憶していて、その個体が探知範囲に入ると一発でわかる人間レーダーのような人など、恐ろしい探知精度を持つ人もいるようだ。

 俺の場合は、ここまでの訓練で半径一キロ程度。探知対象の大きさと数くらいは把握可能になっている。イメージとしては、頭の中にレーダースコープが浮かぶようなイメージだ。

 輝点の位置で方位と距離を、大きさで対象物の大きさを把握していた。

 まあ、探知できるのは人間と、ウサギ、猪、熊などの野生動物くらいなのだが。

 この世界に転生して一ヵ月あまり、いまだに魔物の姿は見たことがなかったが、これはもっと大人になってからであろう。

「あとは、地道に魔法の訓練に励むとしてだ」

 この探知の魔法はとても便利であった。いくら魔法が使えても、五歳の子供に猪や熊の相手は荷が重い。ところが魔法でその危険を回避しながら森の探索を行えるのだ。

 書斎や庭で練習して探知を含む魔法の練度も上がり、そろそろ森で実践を兼ねて探索でもと考える。当然、父から許可を取らないといけないので、俺は恐る恐る父に話しかけていた。森に行く名目は、子供らしく森の端に木の実を拾いにいくというものにしていた。

『森に木の実拾いか。まあよかろう。森には危険な動物も多い。気をつけるように』

 えらく簡単に許可が出たものだが、やはりそこは放任主義の延長なのであろう。

『せっかくなら、森の中で他に食べられそうなものがあったら採取してくるように。薪もできる限り拾ってくるのだぞ』

 さすがに開墾を手伝えとは言われなかったが、五歳にして家の財政的な手伝いをする羽目になっていたのだ。

 なので今日初めて森に入る俺は、毎日訓練に使う木剣を腰に差している。

 ただこれはどう考えても、ないよりマシという方が正しいであろう。

 鉄や青銅製の剣を子供に渡すほど、この領の経済は豊かでもないし、今の俺に金属製の剣など持たせるだけ無駄である。

 あとは、薪を載せるはいのうに、訓練に使っている小さな弓と矢が十本あまり。矢は小さく、しかも訓練用なのでただ木をとがらせただけのやじりしか付いていない。

 運がよければ、小形の鳥くらいは落とせるのであろうか?

 共にないよりはマシで、使う前に逃げろということのようだ。

「武器には、全く期待していないけどね」

 それよりも、自分で考えた魔法の方が威力があるはずであった。

 石で短めの矢を生成し、それを風の力で飛ばす。クロスボウを魔法で再現しただけなのだが、この世界の魔法はこんな改良も比較的簡単に行えた。

 あまりに才能次第なので、考えても実行できるかは運任せであったが。

 幸い、俺はこの魔法の展開に成功している。威力も、当たり所さえよければ熊すら倒せるであろうし、連射もソコソコ可能で、今は発射速度の改良にいそしんでいる。

 コントロールについては、自身の弓の訓練を参考にしているので、これも全く無駄というわけでもなかった。

「ええと……。この山菜は食べられるか」

 他にも、家で読んだ図鑑を参考にキノコやいちごなどを採取し、あとは薪を拾って背嚢に載せていく。

 次第に荷は重くなっていくが、これは風の中級魔法である『軽量化』と、自身の力を『筋力強化』の水魔法でかさげして誤魔化していた。

 更に、疲労した筋肉に水の回復魔法をかけていく。筋肉の中の乳酸が消えて、体が軽くなったような感覚に襲われる。

「本に書かれていた魔法は全部使えるんだよな。将来は、安定した宮仕えを目指すかな」

 魔法の訓練も兼ね、結構な量の薪や山菜、野苺が採れたので今日は家に帰ることにする。

 魔法のおかげで帰り道も軽快に進み、そろそろ出口に差し掛かった頃、ふと視界に一羽の鳥の姿が見える。

「ホロホロ鳥だ」

 ホロホロ鳥とは、この大陸中に多数生息しているかもを一回りほど太らせたような鳥である。その肉は美味で、羽なども装飾品の材料として人気があった。

 ただ、この鳥はなかなか捕まえられない。

 見た目とは違い、人の気配に敏感で、飛ぶスピードも速いからだ。

 我が領で一番の猟師が一日森で粘って、運がよければ一羽れる程度。

 当然、滅多に食卓には上らない。

 俺もこの一ヵ月で、ほんの小さい肉片を一切れ口にした程度である。

 もらえないよりはマシであったが、ああ悲しき小さな八男の悲劇とでも言えようか。

「あんな小さな一切れでも、肉は旨みが凝縮してしかったな。待てよ……」

 もし俺が、このホロホロ鳥を狩れたら?

 毎日、黒パンと塩野菜スープだけの食事に焼き鳥が付くではないか。

 うちの家族は、放任主義ではあったが冷徹ではない。このホロホロ鳥を狩った功績を無にはしないはずだ。

「決めた。待っていろよ! 肉!」

 転生してかれこれ一ヵ月、魔法の特訓は楽しかったのだが、食事に関しては栄養のためと割り切っている自分がいた。

 しかし、自分はやはり食にこだわる元日本人なのだ。拘りのレベルが若干低いような気もするが、そんなことを気にしてはいけない。今は、とにかくホロホロ鳥を狩ることに専念する。

 とはいえ、こんな小さく弱い弓では、ホロホロ鳥を射程にとらえる前に逃がしてしまうだろう。

「ならば、新しく開発したクロスボウの魔法で!」

 最初は五発ほど、大きく狙いを外してホロホロ鳥に逃げられ続けたが、次第に狙いは正確になっていき、遂に二羽のホロホロ鳥を仕留めることに成功した。

「ただいま」

「ヴェルか。ちゃんと薪は……お前、ホロホロ鳥を仕留めたのか?」

 二羽のホロホロ鳥は無事に食卓へと並び、功労者である俺は久しぶりに美味しい焼き鳥を食べることに成功する。

 そして初めて、家族全員に褒められるのであった。


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