第三話 魔法のお師匠様 (4)
「師匠は、満足して成仏したんだ。これ以上、悲しむのはやめよう」
師匠が天へと消えた後、俺はそう決意していた。
師匠のお墓は作らないことにした。
彼が事前に、『お墓なんていらない。たまに、知っている人に思い出してもらえれば満足さ』と言っていたので、その意思に従うことにしたのだ。
魔法の袋に関しても、これを俺が受け取ることに何の問題もないであろう。
もしあっても、本来であれば魔の森の奥地で朽ち果てるはずだったものである。
万が一、正式な相続者がいたとしても、森へ命を賭してまで取りに行くかどうかも怪しい。なぜなら、遺産を取りに魔の森へ向かって死んでしまっては元も子もないからだ。お金を出して冒険者などに頼むとしても、場所が場所なので受けてくれる冒険者がいるかどうか。
普通の人ならば、諦めるのが当然であろう。
「とりあえずは、中身の確認だな。いい魔道具とかがあるといいな」
俺は魔法の袋に付いている小さな魔晶石に触れながら、微量の魔力を送る。
こうすることによって、自分の脳裏に魔法の袋に入っている品物のリストが浮かんでくるらしい。どんな仕組みなのかは不明であったが、物凄く便利な機能ではある。
すると、その筆頭に師匠から俺への手紙というのが浮かんでいた。
早速袋から取り出して封を開けると、そこには丁寧に魔法の袋の中に入っている品物のリストが書かれていたのだ。
「これで、脳裏に浮かぶ大量の文字の羅列と戦わないで済む」
手紙には、こう書かれていた。
『ヴェルとの時間はとても楽しかったからね。浮かれて言い忘れがないように、この手紙を残すことにするよ。さて、君に渡す私の遺産の内容なんだが……』
まずは、師匠が愛用していた装備品のローブやアクセサリーに、
なるほど、師匠が優れた冒険者でもあったというのは本当らしい。
その装備品は、全て魔法の効果がかかった、金を出して買うとなると高額なものばかりであった。
あとは、愛用していた魔道具の
「食べ物を冷やし、氷を作る冷蔵庫なる魔道具か……。汎用品の大半は、冒険者時代に遺跡で拾ったと書かれているな」
冒険者とは、魔物のテリトリーに侵入してそれを狩って素材や肉を得たり、テリトリー内にのみ存在する植物や鉱物などを採取するのが仕事だ。そして他にも、なぜか魔物の生存圏の中にしか存在しない古代魔法文明の遺跡やダンジョンなどを探索し、その古代の遺産を得るというものも含まれていた。
ただ、これを達成可能な冒険者というのは非常に少ない。
古代魔法文明とは、今から一万年ほど前に滅んだ今よりも優れた魔道具の製造に長けた文明で、その遺跡から産出される魔道具には高価な値段が付くのだが、その分危険も大きいというのが現実であったからだ。
魔物の恐ろしさは、冒険者時代に何度も遺跡探索に成功している師匠が生き残れなかったことからも納得というものだ。
『魔物のテリトリーへの侵入は少数精鋭の方が成功率は圧倒的に高くてね。そのための冒険者稼業ということでもあるんだ。ブライヒレーダー辺境伯にはよく説明したつもりだったんだけど……』
まるで俺と話をしているかのように、手紙には的確な合いの手が書かれていて、俺は思わず苦笑してしまう。
『あれほどの大軍で押し入って、目的が新しい土地の開発のために魔の森の魔物を
その
そういえば、我がバウマイスター家諸侯軍の生き残りの半数も兵役は免除されていて、常に何かに
きっと、かなりのトラウマを受けてしまったのであろう。
『話を戻すけど、私はできる限り出兵を止めようとしていた。だが、完全に否定ばかりしてもブライヒレーダー辺境伯は納得してくれないであろう。ゆえに、もし魔物の殲滅が成し得なくても、兵士たちの士気を維持するために狩りの成果には恩賞を出すべきであると進言したのだよ』
師匠の進言は受け入れられ、兵士たちが狩った魔物の素材に、先代ブライヒレーダー辺境伯は気前よく買い取り報酬を出した。
その金額の多さに、兵士たちは大喜びで狩りを続けていたそうだ。
兵士たちの懐が暖かくなれば、今のうちに兵を退こうという雰囲気になるかもしれないし、ブライヒレーダー辺境伯も出兵の費用が補え、面子的にも大量の魔物の討伐実績と素材を得ることで帳尻が合う。
そのように考えて、師匠も出兵に参加したようだ。
結果は、ますます増長して魔の森の魔物を全滅させるまで撤兵はしないと断言し、その直後に地獄を見ることとなった。
『それに、私がいれば
なるほど、師匠は魔法の袋を荷駄部隊に充てて正面戦力を一人でも増やしたようだ。
ブライヒレーダー辺境伯軍二千人の兵站ともなれば、これは大きな負担となる。いくら隣の領地内とはいえ、魔の森は富士山よりも高い山を越え、更に三百キロほど南に行軍しなければ到着しないからだ。
しかも、我がバウマイスター騎士領の人口は僅かに八百人ほど。
二千人もの軍勢が消費する食料を補給できるはずもない。
そもそもバウマイスター家諸侯軍は、敵軍どころか魔の森の解放のために共に戦う相手なのだから、その根源地からの現地調達など問題外であろう。
二千人もの軍勢が最長三ヵ月行動可能な食料や物資を、富士山よりも高い山を越えて荷駄部隊で運ぶ。この時点で、この計画の無謀を悟ってくれればよかったのにと師匠は手紙の文面でも嘆いていた。
というか、父は何も思わなかったのであろうか?
戦後に少しでも利権を取り戻すために、大叔父にあたる家臣に兵百人を率いさせ、結果的には傷を広げてしまったのだから。
『君なら理解できたと思うが、この魔法の袋にはブライヒレーダー辺境伯家諸侯軍とバウマイスター家諸侯軍が使用する予定であった食料や物資が全て入っている』
偉大な魔法使いが持つ魔法の袋が、いかに大量の物資を詰め込めるかだ。
それだけの物資を準備したブライヒレーダー辺境伯も相当なものだが、それを全て魔法の袋に仕舞い込めた師匠の魔力が恐ろしい。
『私よりも魔力が多い君が、それを言うかな?』
俺が考えそうなことを読んでか、次の行には見事に的確なツッコミが入っていた。
「しかし、二千人が約三ヵ月行動可能な食料に……」
大半が、長期保存が可能な硬く焼き締めたパンに、甘くないクッキー、塩漬けの肉に、
魔法の袋の中は、通常の物理の法則から外れた魔力の影響下にある世界なので、そこでは全く時間が経過しない。
だからこそ、大陸の中心部にあるにもかかわらず王都では、比較的富裕層の市民階級を中心に新鮮な海の魚が食卓に上っているのだ。高価な魔法の袋は、王国経済の中心である王都に集まるのだから当然と言えよう。
これは本の知識ではあったが、我がバウマイスター領の生活とは大違いだ。生活レベル的にも食料事情的にも、早くこんな田舎から出ていきたいものである。
あとは、予備の武器や防具。
これは、鉄や青銅製のものが多かった。
同じく予備の天幕などのいかにも中世の軍勢が使いそうな備品に、現地で飲用可能な水を調達できない場合の大量の水に、兵士の士気向上のためであろうブライヒレーダー辺境伯領産のワインや、怪我の治療にも使うものと思われるブランデーなどの蒸留酒なども多数入っていた。
大人が酒が好きなのは、どこの世界でも同じなようだ。俺も前世では、あまり強くはなかったが毎晩の晩酌は欠かさなかった。
今はこのなりだし、手に入らないので諦めていた。
「あとは、この大量の魔物の素材や肉に、魔の森で採集した戦利品か……」
よほど恩賞で
ただ、知識でどのようなものかは理解できても、今の俺ではどうにも活用は不可能なものが多すぎる。
魔法の袋に入っている限りは劣化しないので、とりあえずはこのままにしておくこととする。
「そして最後に、大量の宝石類に、宝飾品、金貨に銀貨か……」
師匠の財産であったり、ブライヒレーダー辺境伯が大物貴族として見栄を張ったり、兵士たちへの恩賞用として準備していたらしい。
軽く
「とはいえ、今の俺には使えないし」
この村に気軽に買い物できる店など一軒もないし、というかこの袋の存在を公にはできない。
いくら大きくなるまで基本放任な八男でも、これだけの財産を持っていることが知られたら?
最悪、命の危険まで考えなければいけないであろう。
「というわけで、大きくなるまでは中身は封印と」
師匠のローブや装備品には強力な魔法がかかっているので着てみたかったのだが、
「ふう……。帰ろう……」
俺は、師匠の装備品を魔法の袋に仕舞うと、今日の分の獲物を抱えて家路へとつくのであった。
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