第一章 オオカミなんて怖くない (7)

「収納袋があるんだから、たくさん買っておいてもかまわないと思うの。具合が悪くて買い物に行けないときもあるだろうし」

「具合など悪くなったことはないし、怪我もしたことはない。収納袋にはぎりぎりまで魔物の素材を入れておきたいから、それ以外のものを入れておくという気持ちはなかったよ」

 ネリーはあまりに強すぎるからか、いざというときのことを考えない性格のようだ。

ふた付きのスープ用の水筒とか、お弁当箱とかはある? ものがあれば、食事ごと入れておけるんだけど」

「ダンジョン用の簡易食セットならギルドに売っている。かごに、蓋付きのスープカップとパンと、肉の入っているやつだ。買い切りだと三〇〇〇ギル、箱を返却すると一五〇〇ギル返ってくるが、安くてもまずいのであまり使うものはいないな。そもそもかさばるので、それくらいなら魔物の素材を持って帰るから」

「お弁当箱あるんだ! 洗って自分で再利用できないの?」

「できる、と思うが。みんな食べたら迷宮に捨てていたぞ。その分魔物の素材を」

 どれだけ魔物の素材を持ち帰りたいんだとサラはあきれてしまう。しかし、サラの欲しいのは移動中に面倒がない食事であって、別に収納ポーチに魔物の素材を入れておくスペースを確保する必要はない。

 野外で調理するのは楽しいとは思うが、日本とは違って、おそらく魔物が周りを取り囲む中での食事になる。あまり手間はかけたくない。

「お願い! そのセットも買ってきてほしいの」

「ギルドでの買い物なら、不審がられずにすむが……」

「それから、これからは予備の食べ物も買ってきてほしいの。私の収納袋に入れておくから、ネリーの収納袋を圧迫はしないでしょ?」

「わかった。確かにこれから、もしかしたら町に行かないときが来るかもしれないしな」

 ネリーは納得すると、町に出ては、サラの欲しがっているものを少しずつ買ってきてくれるようになった。

 まず最初に買ってきたのは、新しい収納袋だ。

「本当は収納箱がよかったんだが。収納袋や収納箱は、収納袋に入れられないからな。さすがに山道を抱えてくるのは無理だった」

「収納箱?」

 収納袋を収納袋に入れられないというのは初めて聞いたが、確かにそうでないと無限に物がしまえてしまうということだから、わからなくはない。それにしても箱とは何だろう。

「備蓄と言われて思い出したのだが、確か普通の家では、収納袋の代わりをする箱をおいてあるはずだ。そのほうが便利だからな」

 収納箱というのは、大きな段ボール箱くらいの大きさで、上の蓋が開け閉めできる形になっているそうだ。

「袋型だと家では使いづらいので、わざと大きくしているそうだ」

 容量は一番小さくて、ワイバーン一頭分だ。この単位、いつ聞いても変だなあと思うサラだった。

「なあ、サラ」

 ネリーが、何かを楽しみにしているような顔をした。

「なに?」

「いつか、そういつか。サラが一緒なら、私も町に住めるかもしれないんだ。そしたら、その時には収納箱を買おうな」

 サラと一緒ならというのが気になったが、踏み込んで聞けそうな雰囲気ではなかった。ただ、今までサラは、ここから動けないネリーの迷惑にならないように、早く一人で暮らさなきゃと、そればかり考えていた。一緒に暮らせるなんて考えたこともなかったのだ。

 ネリーと一緒に暮らしながら、町でそれぞれに働く。そんな未来があるのなら、それはとても嬉しいことだ。

「一緒にいてもいいの?」

「もちろんだ! 一生自立なんてしなくていい」

「ネリーったら、ダメなお父さんみたいなこと言ってるよ」

 サラは苦笑したが、狭く考えていた未来が少しひろがったような気がした。


「自分の収納袋は魔物用にあけておきたいからな」

 ネリーが備蓄用の袋を買ってきた理由がそれである。どうしても素材以外に場所を取るのが嫌なようだ。

「肉や何かは狩ることはできても、私にはパンは作れないからな。パンや食材も、少しずつ買い足していこうな」

「収納袋でいっぺんに買っておくことはできないの?」

「それは……」

 ネリーは困った顔をした。

「あまりたくさん買ったり、いつもと違う行動をしたりすると、どこかに移動するのかと疑われかねないからな」

 サラはあっけにとられた。

「それじゃあ、ネリーが監視されているみたいじゃない。この山の管理をしているだけなのに?」

「なんと説明したらいいのか……。私がこの山の魔物を減らしているから、魔物が町に向かわずに済んでいるようなものだからな。いなくなると困るんだろ」

「そんな! それなら!」

「さ、この話はこれで終わりだ。少しずつ余分に買ってくるから。な?」

 そう言われてしまってはそれ以上追及することはできなかった。

 でも納得できない気持ちが残る。そんなに大切な仕事をしているのなら、ネリー自身がもっと大切にされてもいいはずだ。

 一人が好きな人もいるから、一人で暮らしているのは別にいい。でも、それなら好きなものを買っても、少しくらい自由な時間を過ごしてもいいんじゃないの? なんでそんなにいろいろなことに縛られているの?

 この半年以上ネリーと一緒に暮らしていても、サラはネリーが仕事以外のことをしているのを見たことがない。特に休日を作っている様子もない。

 いつか、そう、自分が少しでもネリーを支えられるようになったら、ちゃんと話を聞こう。

 サラは小さく決意し、疑問を心の中にしまった。

 そしてニコッと笑うと、新しい収納袋を手に取った。

 収納袋の中は、時間がたないので中のものが腐ることはない。

「何でもためておけるね!」

「そんな風に考えているものはあまりいないぞ」

 人は毎食ご飯を食べるし、使ったものは必ず補充しなければいけない。ためられる袋があろうとなかろうと、人が毎日消費する量は変わらないだろうとネリーは言う。

 そういえば、地震の多い日本でさえ、備蓄は三日分必要と言われても、していない家庭が多かったし、冷蔵庫があるのに毎日買い物をしている人は多かった。

「なるほどね。でも、この小屋の近くにはお店はないからね。肉は獲ってきてもらうとしても、最低一ヶ月分はためておきたいなあ」

「三ヶ月しのげばごまかせると思うから、三ヶ月分が目標だな」

 何をごまかそうというのか。このようにちょいちょい失言するネリーだったが、慣れてきたサラは何も言わずにどうするかを数え始めた。

「お弁当箱はやっぱりかさばるから、それは二人で五日分くらいにして、あとはサンドパンをたくさん作っておこう。やっぱり、出してすぐに食べられるにこしたことはないよね」

「コカトリスのしっぽじゃないところの肉のサンドを多めにしてくれ。からしと玉ねぎのたくさん入っているやつ」

「ネリーの好物だもんね! 私はガーゴイルのローストの薄切りをサンドしたやつを多めにしよう」

 それからネリーはギルドのお弁当箱とパンと野菜ばかり買ってくるようになった。

「塩、お砂糖、胡椒、油、それから小麦粉なんかもいるよ」

「おお、そうか」

「いちおう水筒もね」

 そんなにかとネリーは首を傾げるのだったが、応用の利く食材はちゃんとあったほうがいい。それに、水は魔法で出せるとしても、水筒はあるほうが安心である。


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