第一章 オオカミなんて怖くない (5)
次の日、
「まず、半分結界の中にいてやってみるから」
とネリーを説き伏せ、一人で魔法の訓練をやってみることにした。ネリーはしぶしぶ狩りに出かけていった。
「さて」
「ガウ」
「オオカミは、いらない」
ネリーにもらった摩滅石を腰に付け、体の右側を小屋の結界から半分出して、自分の結界を地面に固定する。
「昨日イメージした炎からやってみよう。あそこのスライムに対して。炎、圧縮して高温にする。そして追尾。行け!」
シュン。ジュッ。スライムは一瞬で形をなくした。
「ガウ?」
オオカミが不思議そうにしているが、かわいくなんかない。
「当たっちゃうからうろうろしないで!」
目に見える範囲のスライムをやっつけ、ほっとして薬草一覧を片手に初めての採集に挑む。
今日の本当の目的はこれだ。
サラはしゃがみこんだ。
ドシン。
「ウウー」
「オオカミがぶつかっても大丈夫。薬草は根は残し、下から三番目の葉のところで折りとる、と。これでよし」
階段下から見える草原の薬草は採れることが証明できた。これで小屋を一周すれば、かなりの量の薬草が採れるはずだ。
サラはうきうきしてネリーを玄関で待った。
ネリーは相変わらず、襲ってくるオオカミをこぶしではじきながら帰ってきた。しかし、家の手前で立ち止まり、何かを拾い、日にかざした。
「ネリー?」
「結界から出てくるなよ、サラ」
ネリーは静かにそう言うと、地面にかがんでは何かを拾う。
あたりを見回し、納得したように頷いて結界の中に戻ってきた。
「サラ」
「ネリー、おかえりなさい!」
ネリーの腰にギュッと抱き着く。
ネリーは嬉しそうにサラの背に手を回したが、少し難しい顔をして、拾った何かをサラに見せた。
「これ、なに?」
「そういえばサラに教えたことはなかったか。この世界の魔力は魔物の中で凝縮する。ハンターは魔物を狩るのと同時に、魔物の中にできた魔石を取って、それをギルドに売って生計を立てているんだ」
魔石という言葉になじみのなかったサラはぽかんとして、それからはっと思い出した。
「迷いスライムの魔石」
「覚えていたか。迷いスライムだけでなく、どのスライムにも、そこにいる高山オオカミにも魔石はある。そして魔石にためこまれた魔力を力に換えて放出するのが魔道具で、それが人々の生活を便利にしている。ほら、お風呂のお湯を出すのも、台所で火が出るのも」
「全部魔石を使ってるんだ」
「そう」
ネリーはスライムの魔石をサラに握らせた。
「魔物を狩っている私が言うのはあれだが、魔物も動いている以上、その動きを止めたのなら、その命をもてあそんではいけない。食べられる肉は食べるべきだし、使えるところは使うべきだ。そして、魔石はきちんと拾って利用すべきだと、私は思っている。サラ」
「はい」
「教えてなくてごめんな。これからは魔物を倒したらちゃんと魔石は拾えるようになろうな」
「はい!」
シュンとしていたサラだが、最後にはしっかりと返事をした。
戦いたくないと思った。攻撃はしたくないと。
だけど、この世界では家を一歩出るためにも魔物を殺さなくてはならない。
遠くから魔法で倒したとしても、直接叩かなかったとしても、魔物を倒したことに変わりはないのだ。
むやみに傷つけてはならない。でも、強くならなくてはならないんだ。
そう決意し、こぶしをギュッと握りしめて、いずれ行くはずのローザの町を眺めるサラだった。
ネリーは一〇日ごとに町に行くたびに、サラの採取した薬草を少しずつ売ってきてくれるようになった。最初の収穫で買ってきてくれたのはサラ専用の採集かごと、小さい収納袋だった。
取っ手のついた長方形のかごは、二段になっていて、下の段は五つの仕切りがあり、上の段は仕切りがない。
「上は一番たくさん採れる薬草用。下の段は、左から上薬草、毒草、麻痺草、魔力草、上魔力草用だ。薬草は一〇本で五〇〇ギル、上薬草が一本一五〇〇ギル。毒草、麻痺草は一本単位で五〇〇ギル。魔力草や上魔力草は、正直あまり採れないが、魔力草が一本一〇〇〇ギル。上魔力草で一本五〇〇〇ギルだな」
「あまり採れないっていうけど、そこに生えてるよ」
サラは階段の下を指さした。ネリーは興味がなかったために気づかなかったようで、そうかと頭をかいた。
「ここは魔の山だからなあ」
それが何の理由になるのかはよくわからないが、小屋の周りに生えていることは確かだった。
「薬草から作るポーション類は命にかかわるものだから、その時々で買い取る値段を変えたりはしないんだ。だから、上魔力草なんてめったに採れなくても、一本五〇〇〇ギルの値段は絶対変わらない。逆に採れすぎても安くはならない。薬草は必ず薬師ギルドで、一定の値段で買い取りをする。覚えておくんだぞ」
「薬草は薬師ギルドで売る、困ったらクリスさんに相談ね」
「そうだ」
その頃には季節は冬になっていて、外に出るのはなかなかに寒かった。結界を魔力で杭打ちして固定しても、寒さで外には長くはいられない。一〇日かけて、薬草が一〇〇本、上薬草や毒草、麻痺草がそれぞれ数本ずつ、運よく魔力草や上魔力草があればそれもかごに揃えて、一回二万ギル前後。
サラが買ってもらった収納袋は、一番小さなタイプだそうで、腰のベルトにつけるポーチの形をしている。その小ささでも三〇万ギルはするのだという。最初から薬草がそんなに採れるわけがないので、収納袋の分は借金ということになる。
「ワイバーンが一頭分しか入らないが、最初はそれで十分だろう」
「ワイバーン一頭分って、すごい量だよね」
高山オオカミよりかなり大きい鹿を足の
「ダンジョンに何泊かするようになると、そのくらいではあっという間に魔物の素材でいっぱいになってしまうからな。優秀なハンターはすぐ買い替えることになる」
「そもそもダンジョンになんて行かないよ。入れるのは薬草と身の回りのものくらいなんだし」
それでも、異世界に来たんだから、一番小さいとはいえ、収納袋は絶対欲しいものだった。サラは嬉しくて、慣れるまで何度もいろいろな物を出し入れしてみたものだ。
「とりあえず、収納袋分は稼がなきゃ!」
サラはふんと気合を入れた。まだ一〇歳とはいえ、そのうち自立しなければならないのだ。とりあえずは、収納袋分の借金のために頑張るのである。
しかし、サラには少し不満があった。
ハンターと商人以外は持つことのない収納袋や薬草用のかごなど、ネリーは特殊なものは買ってきてくれるのだが、着替えは買ってきてくれないのだ。そもそもネリー自身がズボンとシャツにベストかジャケットという男性向きの格好をしている。仕事がハンターだから、それは別にいいと思う。
でも一〇歳のサラに、ほぼ大人と同じサイズの服ってどうなんだろう。
「すまん。店の人に、小さい女の子用の服をくれと言えなくて」
「せめて大人用の小さいサイズは?」
「入らないのに無理していると思われるのはちょっと」
そんなところで見栄を張っても仕方がないと思うのだが。どうやらネリーはあまり人とかかわるのが好きではないらしい。はっきりとは言わないが、たとえハンターであろうと、女性がこんな山小屋に一人でいるのも何か深い理由があるのだろうと思うと、サラも事情を聴くのはためらわれた。
いまだに山小屋から数メートルしか出られない自分が、着る服がおしゃれではないなどとぜいたくを言ってはいられない。
そういうわけで、ズボンの裾やシャツの袖は折り返し、ベルトをぎゅっと絞ってぶかぶかの服を着ている一〇歳児なのである。幸い、魔道具でお湯も水も出るし、洗濯機のようなものもあるので、たらいでごしごししなくても清潔は保てている。
もっともイメージですべてがなんとかなるのなら、清浄魔法も使えるのではと思ったが、それは無理だった。例えば部屋のほこりを風の魔法で集めることはできる。しかし、自分や服の落とすべき汚れとは何か、どの範囲をどうきれいにするのかなど、想像できないと魔法にはできないのだった。
それでも雪のほとんど降らない冬を越し、この世界に来て半年たった頃、春の訪れとともに、収納袋の借金を返すことはできた。
「自分のものだと思うとこの収納ポーチも
ぶかぶかのズボンをきゅっと縛り、上に重ねた長めのチュニックの腰に付けた小さいポーチをそっとなでる。実際はポーチには、薬草類の入ったかごと、スライムの魔石が入った袋がいくつかジャラジャラと入っているだけなのだが。ちなみに袋はサラが縫ったものだ。
「魔石はハンターギルドで買い取りをしてくれるんだが、私が売ってしまうと私の収入になってしまう。代理で売ることはできないんだ。それに、私レベルのハンターがスライムの魔石を大量に売るのも不審に思われるしな。だから一二歳になるまで自分でためて、まとめて売るようにしなさい」
スライムの魔石について、ネリーはそう教えてくれた。
「一二歳?」
サラの気になったのは、どちらかというとそこだ。
「魔物を狩って生活していくためには、ギルドに登録しなくてはいけない。だが、一番小さなスライムでも狩るのには命の危険を伴うから、最低年齢がそのくらいと決まっているんだよ」
「じゃあ、いずれにしろあと二年は独立できないんだね」
「一年半だな」
ネリーが優しく正してくれた。もっとも、まだ数歩しか小屋から離れられていない今、あと一年半で独立できるとはとても思えなかったが。
「よし、頑張るぞ!」
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