第一章 オオカミなんて怖くない (3)
「今日のサラのスープもおいしいな」
夕食の時間、ネリーが満足そうにスープを口に運ぶ。
「ありがと。それでね」
サラは昼に考えたことをネリーに説明した。
「ふむ。盾や結界か。そもそも一定位置で身を守るときは、簡易結界を作る魔道具を使うんだが」
「簡易結界?」
「そうだ。この小屋は周りに結界箱を多数配置しているので、結界が張られていて魔物は入ってこられない。出入りするには、この石を持っていなければならない。摩滅石という。すっかり忘れていたが、後でサラにもやろう」
ネリーは腰に付けた
朝の実践では、ネリーが手をつないでいてくれたから大丈夫だったそうだ。
普通はその結界箱を持ち歩けば、安全に移動できるのではと考えるだろう。
サラもそうすればいいと思い、聞いてみた。
「乗り物に使うことはあるよ。でも、基本的に地面に置くか固定して、しかも三個か四個組で使わなければならないんだ。だから野営の時は使えるが、移動の時は使えない。いや、使えるが安定しないので実用的ではないんだ」
異世界はいろいろ難しい。
「結界を作ってみたいのなら、つまり、やってみたらいい。魔力をかなり必要とするから、戦闘時以外ずっとやっている人は見たことがないけどな」
ということで、次の日も狩りに行く前に訓練を見てくれることになった。
「さて、それでは実践編二日目です!」
「ガウ」
「君たちはどっかに行ってて! もう。昨日怪我をしたでしょ」
「ガウ」
むき出したオオカミの口には新しい歯が生えていた。
「
「おそらく同じだ。魔の山の魔物は再生力が非常に高い。だから確実に仕留める必要がある」
「サメなの? 歯まで再生するなんて」
そんな話は聞きたくなかった。しかし、聞いてしまったのなら仕方がない。サラは切り替えも早かった。
「もういいや。では身体強化を丸く膨らませる感じで。結界!」
フワンというイメージで広げた結界を、鉄の硬さに強化する。
体から離れた魔力まで強化できるなんて、すごくない? 自慢げなサラを見たネリーは、しかし腰の摩滅石を外し、剣をすらりと抜いた。
「待って。まさか」
ガッキーン。
結界と剣の間にまるで火花が飛び散ったかのようだった。
思わず目をギュッと閉じたサラが、恐る恐る目を開けると、感心したように結界と剣を交互に眺めるネリーがいた。
「せ、成功?」
「見事だな、サラ。もっとも、敵と
「求めるレベルが高すぎるでしょ」
サラはそもそも敵と対峙したいわけではなく、身を守れればいいだけなのだ。自分ができるからってスパルタすぎるでしょ。
しかし、どうやら結界は成功したようだ。
「ネリーったら、失敗したらどうするつもりだったの!」
「大丈夫だ」
ネリーはニコニコしてポーションの瓶を取り出した。ポーションがあるから何をしてもいいということにはならないでしょ、って昨日言わなかっただろうか。
「ではオオカミにかじらせてみるか」
「え?」
「ではオオカミに」
「聞こえてるから、繰り返さなくていいから」
サラは思った。結界はできた。
はい、オオカミと対決。
おかしいでしょと。
早すぎる。
「しかし実践してみないとな」
「わかった。わかりましたよ」
結局、いつかはやるしかないのである。
「ガウ」
「ガウウ」
ついにか。ついに出てくるのかというオオカミたちの期待を前に、サラは家の結界ぎりぎりに立ち、改めて結界を作った。人が作った結界と、家の結界とは反発しあわないようだ。
サラはほっとして一歩出た。すぐ横には、オオカミを追い払わない程度の気迫でネリーが付いてきてくれている。だから大丈夫。二歩、三歩。
「ガアッ」
オオカミが結界にぶつかる。衝撃はすごいが、結界が丸いので歯は通らない。
「成功?」
「見事な結界だな」
ネリーが満足そうに頷いた。
では、なぜ景色が傾いているのか。
「結界が丸い、ということは?」
「ガウッ」
オオカミが体当たりしてきたら。
「あ、ああー!」
「サラっ!」
転がるよね。丸いものは。
サラはネリーが止めてくれるまで緩い坂道を転がり続けたのだった。
気持ち悪い。
転がり続けたのがあまりに気持ち悪かったので、それからしばらく結界は家の中で練習することにして、外に出るのはお休みだ。サラは一生懸命考えた。
結界の強度は問題ない。オオカミにかじられずに済むし、転がっても結界は解けなかった。
そこは自分をほめたいと思う。
つまり、サラが冷静であれば何の問題もない。
「でも、転がって移動するわけにはいかないからなあ」
いろいろ考えながらも手は動く。今日は昨日ネリーが
「コカトリスって、見られただけで死んじゃうやつじゃないの?」
それとも石化するんだったかな。サラは心配して、どこかおかしいところがないかネリーの体をあちこち叩いてみた。ネリーは心配されるのがちょっと
「なに、身体強化があれば大丈夫だ」
「身体強化万能だな?」
常識的に考えて、そんなわけはないのだが、ネリーしか知らないサラにとってはそれが真実である。サラは素直に驚いた。
「簡易結界でもコカトリスの視線を通さないから、サラも結界を張れば大丈夫だろう」
「その程度ならいいけど」
「何より肉がうまいぞ。今までは丸焼きにするくらいしかできなかったが、サラなら別の料理ができないか? 丸焼きも面倒だからほとんどやったことがないが」
最初に部屋の床に落ちていた骨は、丸焼きにした魔物だったんだなとサラは納得した。
最近ネリーはそうやっていろいろサラに要求することが増えてきた。お世話になりっぱなしのサラは、そうやっていろいろお願いされたほうが少しでもお返しできている気がして嬉しいので、できるだけかなえてあげたいとは思っている。
「鳥の部分は肉に切り分けてもらったからいいとして、この蛇の部分をどうするか……」
骨が案外太く、小骨の部分がほとんどないので、悩んだ結果が輪切りなのである。この世界の刃物はなかなか優秀だ。輪切りにしたものをステーキにしようか、それとも煮込んで皮と骨を外してしまおうか。
サラは料理に頭を悩ませながらも、自分が現実逃避をしていることに気がついてはいた。いつまでも家の中だけにいるわけにはいかないのに。
仕方なく、料理をしながらサラは考えた。転がらなければいいんだったら、結界を四角にしてみるとかどうだろう。いや、サイコロだって坂は転がるよね。これはなし。
四角まで考えて、ふと前に住んでいたマンションを思い出す。マンションのような建物は、地中に深い
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