第二話 やり手の商人と知り合いになってみた。 (1)

 俺はかつて消防士に憧れていた。

 もっと詳しく言えば、火事が起きた建物から人々を救出する消防士を、まるでヒーローのように感じ、自分もそうなりたいと思っていた。

 その夢は諦めてしまったけれど、誰かが困っていたら手を差し伸べられるような人間でありたいし、助けられる人間がいるのなら助けたい。


 アーマード・ベアは大きくほうこうし、商人へ飛び掛かろうとしていた。

 危ない!

 俺はとっに駆けだすと、【器用の極意】を発動させた。

 この瞬間、俺は熟練のおの使いに変貌する。

 走りながらヒキノの木斧を振り上げ──サイドスローで投げつける!

 木斧はブーメランみたいに高速回転しながら飛んでいき、商人へと牙をくアーマード・ベアの首を横合いからスパリとねた。

 アーマード・ベアの頭部が地面に落ちる。

 胴体のほうは切断面から噴水みたいに血を噴き出しつつ、その場に立ち尽くしていたが、やがてドサリと力なく倒れた。

 直後、頭の中に声が聞こえる。


 今回の経験値取得によりレベル8になりました。HP、MPが増加、身体能力が向上します


 俺はもともとレベル1だったわけだが、いきなりの急上昇だった。

 もしかしてアーマード・ベアはRPGで言えばボスクラスの魔物だったのだろうか。

 HPは50から120に、MPは1000から1700に上昇している。

 MPの上昇量がとんでもないことになっているので、どこかで魔法を覚えたいところだ。

 さて、アーマード・ベアは首と胴体が泣き別れになり、完全に絶命していた。

 商人のほうは急展開に戸惑っていたが、やがて俺の存在に気付くと頭を下げ、そのままヘナヘナと座り込んでしまう。恐怖から解放された反動で腰が抜けたのだろう。

 俺は商人のところへ駆け寄ると、手を差し伸べた。

「大丈夫ですか?」

「は、はい……。危ないところをありがとうございます。貴方あなた様は命の恩人です」

 商人はヨロヨロと立ち上がると、お礼の言葉を述べる。

 命の恩人なんて気恥ずかしいが、感謝されるのって悪くないな。


    〓


 商人の男性はひとしきり感謝の言葉を述べたあと、こう名乗った。

「このたびは助けていただきありがとうございます。私はクロムと申しまして、見てのとおり、商人をやっております」

「自分はコウといいます。ええと……」

 ううむ、どう自己紹介したものだろうか。

 正直に、異世界から来ましたと言っても大丈夫なのか?

 できれば人里まで案内してほしいので、頭のおかしい人間と誤解されたくない。

 困って視線をらすと、地面には木斧が転がっていた。

 アーマード・ベアの首を刎ねたため、刃の部分は血にれていた。

 俺は血染めの木斧を手に取ると、アーマード・ベアの頭部を掲げてこう自己紹介した。

「見てのとおり、木工職人をやっています」

「いや……まったく職人には見えないのですが……」

 残念ながら当然の反応だ。

 まみれの木斧とか、どこの猟奇殺人鬼だよ、と自分で自分にツッコミたい。

「ええと、つまりその木斧は、コウ様の自作ということでしょうか?」

「あっ、はい。そうです。そのとおりです」

 俺は慌ててうなずき、クロムさんの言葉に全力で乗っかっていく。

 ここで不審者と思われたら台無しだからな。

「木製なのにすごい威力なのですね。まさか、アーマード・ベアを一撃で倒してしまうとは……」

「アーマード・ベアって、強い魔物なんですか?」

「なんと! コウ様はご存じないのですか!?」

 そう言われても、俺はこの世界に来たばかりだ。ありとあらゆる常識が欠けている。

「アーマード・ベアは危険度Aランクの魔物ですぞ。ひとたび暴れ始めれば、小さな村なら一晩で壊滅させてしまいます。討伐しようにも、その身体はよろいのように硬く、並大抵の攻撃では傷ひとつつけられません」

 けれど、俺はいとも簡単にアーマード・ベアの首を落としてみせた。

 どうしてそんなことが可能だったのかといえば、ヒキノの斧に付与された《とうてきクリティカルA+》のおかげだろう。まさに一撃必殺、クリティカルというわけだ。

「俺、もしかして結構すごいことを成し遂げてます……?」

「はい。そう思っていただいてよろしいかと……。ともあれ、ここで話していては日が暮れてしまいます。この先のオーネンという街に私の屋敷がありますので、よろしければ今からご招待させてください。命を救っていただいた恩もありますので」

 というわけで俺はクロムさんに連れられ、街へ向かうことになった。

 移動手段は荷馬車……といきたいところだが、アーマード・ベアに襲撃されたとき、護衛だけじゃなく御者も馬も逃げてしまったらしい。

「こうなっては仕方ありませんな。歩くとしましょう」

「馬車の荷物はいいんですか?」

「商品は惜しいですが、運びようがありません。アーマード・ベアに襲われて生き残っただけでももうけもの、ということにしておきましょう」

 クロムさんは最低限の荷物だけ持って馬車を離れる。

 とはいえ商品を置いていくことには抵抗があるらしく、表情はどうにも暗い。

 手助けしたいところだが……そうだ!

「クロムさん、もしよければ、俺の【アイテムボックス】で運びましょうか?」

「おお、コウ様は便利なスキルをお持ちなのですな。……とはいえ荷物が多すぎますし、容量制限に引っ掛かるのではありませんか?」

「大丈夫です。容量、無制限なので」

 俺は荷物に手を触れると、『収納』と頭の中で唱えた。

 地面に魔法陣が浮かび、荷馬車がその中へと吸い込まれる。

 脳内で【アイテムボックス】のリストを開くと『クロムさんの荷馬車×一』が追加されていた。

「無事に収納できたみたいです」

「おお……」

 クロムさんは驚きすぎて言葉もないらしく、しばらくの間、まばたきを繰り返していた。

「【アイテムボックス】といえば、どれだけ高ランクでもテーブルひとつを運ぶのが限界と聞いております。コウ様はいったい何者なのですか……?」

「ええと……ふつうの木工職人、です。たぶん」

「一撃でアーマード・ベアを倒したり、容量無制限の【アイテムボックス】を持つのが普通なら、世界はきっと木工職人に支配されていますよ」

 なるほど。どうやら俺の能力というのは、かなり規格外なものらしい。

 ……もう少し、この世界の常識について把握しておきたいな。

 俺はアーマード・ベアの死骸と、ヒキノの木斧を【アイテムボックス】に回収したあと、あらためてクロムさんに話しかけた。

「クロムさん、実は俺、山奥でずっと修行してたんです。だから世間の常識とかそういうの、全然分からなくって……」

「ああ、なるほど……」

 クロムさんは納得したように頷いた。

 どうやら信じてくれたらしい。

 よし。しばらくは『山で暮らしていたから常識に疎い』という設定で情報収集に努めよう。


 俺はクロムさんと一緒に街道を歩きつつ、この世界のことについて質問していく。

 それは非常に有意義な時間だった。ひとつ情報を得るたびに【フルアシスト】が自動的に発動し、細かいところまで補足してくれる。

 たとえばスキルについてだが、これは大きく分けて二種類が存在する。

 ひとつは『才能型』──特定の分野について、その適性を大きく引き上げる。たとえば【剣術】の所持者は剣で戦うことにけ、【説得】の所持者は交渉事に長けている。

 もうひとつは『異能型』──こちらは一種の特殊能力みたいなものだ。亜空間にアイテムを収納できる【アイテムボックス】がその代表格とされている。

 スキルは先天的なもので、後天的に増えることはない。数としては一人あたり一個か二個、多くとも三個が上限のようだ。

 ……俺の場合はスキルが八個も存在しており、一般的な上限を大きく超えている。まさに規格外と言ってもいいだろう。

 だが、常識外れなのはスキルだけじゃない。

 クロムさんのステータスを【鑑定】すると、そこにはレベルという項目が欠けている。

 本人に理由をいてみたが「レベルとはなんのことでしょうか?」という答えが返ってくるばかり。いったいどういうことだろう……と思っていたら【フルアシスト】が詳しく説明してくれた。


 この世界においてレベルが存在するのはコウ・コウサカのみです。魔物を討伐するたびに経験値が取得され、その量が一定値に達するとレベルアップという現象が起こります。これによってHPやMPの増加、身体能力の向上といった恩恵が得られます


 他の人間にはレベルが存在せず、どれだけ魔物を倒しても爆発的な成長は望めない。

 レベルアップは俺だけの特典というわけだ。

 このまま世界最強を目指すのもアリかもしれない。


 やがて街道の向こうに城壁に囲まれた街が見えてきた。

 クロムさんの言っていた、オーネンの街だ。

 ファンタジーっぽい世界なのだから、やはりエルフや獣人なんかもいるのだろうか。

 なんだかちょっとワクワクしてきたぞ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る