第二話 やり手の商人と知り合いになってみた。 (2)


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 オーネンの街に入る直前、俺はクロムさんからもともと雇っていた護衛のことを聞かせてもらった。

「いつもは冒険者ギルドに依頼を出して、高ランクの冒険者を雇っているんです。街道沿いは安全と言われてますが、何が起こるか分かりませんからね」

 この世界にはゲームなどで定番の冒険者ギルドが存在するらしい。

 業務内容は、護衛や採集などクエストのあっせんだ。

 達成すれば報酬が支払われ、失敗すれば違約金などの処罰がある。

「ただ、今回はたまたま高ランクの冒険者が出払っていましてね。どうしたものかと思っていたら、ようへいギルドが声をかけてきたんですよ」

 傭兵ギルドもまた、クエストを斡旋している組織だ。

 もともとは冒険者ギルドというひとつの組織だったが、上層部で内紛が起こり、冒険者ギルドと傭兵ギルドに分裂したらしい。

 どちらも同じような業務内容のため、長年にわたってシェア争いが続いているようだ。

「これも何かの縁と思って傭兵ギルドに護衛依頼を出したのですが、まさか途中で逃げてしまうとは思いませんでした」

 とほほ、とクロムさんは困ったように笑顔を浮かべる。

 うーん。ひどい話だ。

 傭兵たちはいったい何を考えているのやら。

 護衛対象を放置して逃げ出すくらいなら、最初からそんなクエストを受けるな、と言いたい。

 そんな無責任なヤツらに仕事を回すような傭兵ギルドにも、ちょっと不信感を持ってしまう。


 やがて俺たちは街の城門に到着した。

 何やらトラブルが起こっているらしく、ちょっとした人だかりができている。

 見れば三人の青年が衛兵に向かって早口で話しかけていた。

「あ、あ、アーマード・ベア! アーマード・ベアが出たんです!」

「オレたちは必死に戦いました! でも、護衛対象のクロムさんが錯乱して、アーマード・ベアに突っ込んでいったんです!」

「結局、クロムさんはアーマード・ベアに殺されました。……くそっ! ちくしょう! オレたちに実力があれば、クロムさんを守れたのに!」

 三人の青年は、どうやらクロムさんがもともと雇っていた傭兵のようだ。

 クエスト放棄をいんぺいするため、うその報告をしているのだろう。

 けど、クロムさんが死んだことにしていいのか?

 クロムさんなら、今、ここにいるぞ。

「あっ、クロムさん!?」

 そう声をあげたのは、三人の話を聞いていた衛兵だった。

「どういうことだ、クロムさんはアーマード・ベアに殺されたはずじゃ……」

「いやいや、私は生きておりますよ」

 クロムさんの口調は穏やかだったが、目はまったく笑っていなかった。

「こちらのコウ様が助けてくださいましてね、おかげで命拾いしましたよ」

 えっ、ここで俺に話を振るのか。

 衛兵だけでなく、野次馬たちからも視線を向けられ、俺は居心地の悪さを感じてしまう。

「ど、どうも、コウです。木工職人をやってます。アーマード・ベアを倒しました」

 俺は【アイテムボックス】からアーマード・ベアの生首を取り出した。

 口だけじゃ信じてもらえないかもしれないし、実際に証拠を見せたほうがいいだろう。

「た、たしかに嘘は言っていないようだな……」

 衛兵の声は少し震えていた。

 そりゃそうだよな。

 いきなり熊の生首を見せられたら、誰だってビックリする。

 我ながらちょっとやりすぎた。

「だが、木工職人だと……?」

 あ、やっぱりそこに引っ掛かるのか。

 まわりの野次馬も「ただの木工職人がアーマード・ベアに勝てるわけねえだろ」「あの兄ちゃん、何者だ?」「腕利きの冒険者か傭兵じゃねえのか?」などと小声でささやき合っている。

「……まあ、世の中は広いからな。そういう木工職人がいるのかもしれん」

 衛兵は、コホン、とせきばらいする。

 それから三人の青年のほうに向き直りながら言った。

「ところでおまえたちの話だと、クロムさんは死んだらしいが、これはどういうことだ?」

「そ、それは……」

「ええっと……」

「うう……」

 三人は言い逃れもできずにくちごもってしまう。

 気まずい沈黙が漂うなか、クロムさんが言葉を発した。

「彼らはアーマード・ベアと戦っておりません。私を見捨てて逃げ出してしまったのです」

「なるほど。クエスト放棄を隠すために嘘を言っていたわけか……」

 衛兵は険しい表情を浮かべ、三人の青年をにらみつけた。

「人命にかかわるクエストを勝手に放棄することは、この国じゃ、立派な犯罪だ。……悪いが拘束させてもらうぞ」

 衛兵は他の同僚たちに声をかけ、三人の青年に縄をかけようとした。

 だが、そのとき──

「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 三人のなかで最も筋肉質な青年が、突如として暴れ始めた。

 そいつは衛兵を突き飛ばすと、腰の剣を抜き──クロムさんへと斬りかかる。

「くそっ! テメエの依頼なんか受けたせいだ! 死んでびやがれ!」

 それは、さすがに自分勝手すぎやしないだろうか。

 依頼を投げ出すだけじゃなく、保身のために嘘を並べ、それがバレたら暴力に訴える。

 同情の余地は……ないな。

 俺は【アイテムボックス】から『ヒキノの椅子』を取り出した。

 【器用の極意】を発動させつつ、椅子をひっくり返すように持ち上げると、その裏側で青年の斬撃を受け止めた。

「なっ……!? 邪魔をするんじゃねえ! クロムを殺させろ!」

 お断りだ。

 俺はねじるような動きで剣をはじき飛ばすと、椅子の脚で青年の頭を「コン」とたたいた。

「うっ……!」

 たったそれだけで青年は気を失い、力なく地面に倒れる。

 ふう。この椅子には《強度強化A+》と《気絶強化S》が付与されているが、まさかここで役に立つとは思わなかった。

 ん……?

 冷静になってまわりを見回すと、誰も彼もが俺に視線を向けていた。

 いったいどうしたというのだろう。

 誰かが大声で叫ぶ。

「やるじゃねえか兄ちゃん! そいつ、たしかBランク傭兵のドクスだろ!?」

「ドクスのやつ、【剣術】スキル持ちだからっていつも威張り散らしてたからな。いい気味だぜ!」

「クズのドクスめ、ざまあみろ!」

 そこからは大騒ぎになった。

 この世界の人間はやたらノリがいいらしく、俺の胴上げまで始めたのだった。

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