第一話 異世界で、チートスキルを手に入れた。 (2)
もう少しなんとかならないものだろうか……と思っていたら、今度は、頭の中に声が響いた。
それは無機質でクリアな、アナウンスじみた声色だった。
ウィンドウモードからイメージモードに切り替えます
イメージモードとはなんだろう?
俺が首を
代わりに、同じものが脳内に浮かぶ。
なんだか不思議な感覚だが、視界が遮られないぶん、こっちのほうが便利かもしれない。
「そういや【創造】のレシピが増えたんだっけ」
俺の思考と連動するように、頭の中で新たなウィンドウが開いた。
ヒキノ材×一 → ヒキノの
実行すると【アイテムボックス】に『ヒキノの木斧』がひとつ追加されていた。
いかにも武器っぽいが、性能はどんなものだろう。
こういうときに役立つのが【鑑定】だ。
任意のアイテムや魔物について、おおまかな情報を教えてくれる。
ヒキノの木斧:熟練の木工師によって削り出された鋭い木斧。その切れ味は金属製の斧に迫る。
付与効果 《
おお、なんだか強そうだな。
付与効果から考えるに、投げて使うのが正しそうだ。
「ちょっと試してみるか」
脳内で【アイテムボックス】のリストを開く。
ヒキノの木斧を選択すると、右手のあたりに小型の魔法陣が現れた。
この中は【アイテムボックス】の亜空間に
俺は魔法陣からヒキノの木斧を取り出した。
武器らしい武器を持つのは初体験なので、扱いに戸惑ってしまう。
「【器用の極意】の出番だな」
これは「あらゆるアイテムを自在に使いこなすスキル」だ。
発動させてみると、奇妙な感覚に包まれた。
右手の木斧が、まるで身体の延長みたいにしっくりと
木斧をどう扱うべきなのか、必要なことがすべて直感的に分かった。
少し離れたところにある大きな岩に狙いを定め、木斧を投げる。
「はぁっ!」
木斧はグルグルと猛回転しながら岩石に直撃し、ガンッと大きな音を立てる。
結果は驚くべきもので、岩石は左右真っ二つに割れていた。
木斧はその向こうの地面に突き立っている。
「……木で岩を割るって、おかしくないか?」
地球上の常識からは考えられないが、あえて理由を挙げるなら、付与効果のおかげだろう。
──《投擲クリティカルA+》。
ここは異世界なのだし、地球とは異なる法則が働いているのかもしれない。
さて、これからどうしようか。
安全確保と情報収集の観点から考えると、人里を探すべきだろう。
ただし、この世界にはRPGっぽいステータスやスキルが存在するわけだし、RPGっぽい魔物がいてもおかしくない。
もし、強力な魔物に出くわしたらどうする?
ヒキノの木斧は強力だが、過信するのは危険だ。
……ここでもう少し【創造】のランク上げをして、装備を整えようか。
〓
「【創造】、【創造】、【創造】──!」
というわけで、俺はまわりに生えているヒキノの木を素材にして、ひたすら【創造】の経験値を稼いでいた。
その
「これ以上のランクアップは無理かな」
すっかり見晴らしがよくなった周囲を眺めながら、俺はひとり
色々と試したおかげで、【創造】についてそれなりに理解できた。
簡単にまとめると次のようになる。
一、新しいレシピで【創造】を行ったときにだけ経験値が入る。
二、経験値が一定値に達するとランクアップする。
三、既存のレシピを何度繰り返しても経験値は入らない。
現在、ヒキノの木を素材とするレシピは八種類だ。
ヒキノの棒、ヒキノの木斧に加えて、木剣、
それぞれ《斬撃強化S+》や《気絶強化S》などといった強そうな効果が付与されている。
ちなみに《気絶強化S》は「ヒキノの椅子」の付与効果だ。
よりによって、どうして椅子に気絶効果が付与されているのだろう。
異世界って怖い。
「……そろそろ移動するか」
太陽はまだ高いところにあるが、いずれ夜がくる。
野宿は避けたいところだし、できるなら、太陽が出ているうちに人里まで
辺りに生える草などをかき分けつつ、森の中を進んでいく。
スマートフォンがどこかに消えてしまったため正確な時間は分からないが、おそらく一時間ほど歩き続けている。
普段の俺ならひと休みしたくなるところだが、どういうわけか疲労をまったく感じない。
そのおかげで歩くのが楽しく感じられ、周囲の景色を味わう余裕もあった。
「これが、森のマイナスイオンの力……!」
というのは冗談として、きっと【転移者】によって身体能力が向上しているからだろう。
ついでに五感も鋭くなっているのか、視界はやけにクリアだし、耳も澄んでいる。
「ん?」
ふと、人の声が聞こえたような気がして立ち止まった。
声が聞こえてきたほうへ耳を澄まし、意識を集中させる。
──うわあああああああっ!
今度はよりはっきりと、男の悲鳴が聞こえた。
何が起こっているのかよく分からないが、ひとまず人間がいることだけは確かだろう。
「行ってみるか」
危険な予感もするが、このまま何のアテもなく森をうろつくよりはいい。
何ものかに襲われるかもと、ヒキノの木斧を取り出しておく。
付与効果の《投擲クリティカルA+》《命中補正S+》もあり、遠距離での攻撃が可能だからだ。
斧を構えて、声の聞こえたほうへと進んでいくと、やがて森が途切れて視界がパァッと開けた。
そこは草原だった。
俺のいた森から二十メートルほど離れた場所に街道が走っており、荷馬車が怪物に襲われていた。
それは巨大な熊で、首から下が
──く、来るな! 来るんじゃない!
荷物を
まわりの地面には剣や盾が転がっており、遠くに目を向ければ大慌てで逃げ出していく三人の男が見えた。いずれも軽装の鎧を身に着けている。おそらく荷馬車の護衛だったのだろう。
俺は熊に対して【鑑定】を発動させる。
すると、次のような情報が頭に流れ込んできた。
アーマード・ベア:
その身体は闘争を求めている。物騒な熊だな、おい。
あの荷物にしがみつかんばかりの人は、その商人のような服装を見るに、もしかして荷馬車の主だろうか?
剣を持ってはいるが、構えはぎこちない。
明らかに戦い慣れていない様子だ。
幸い、熊は商人に気をとられており、俺にはまったく気付いていない。
逃げるなら、今がチャンスだ。
現実的に考えれば、さっさと逃げてしまうべきなのだろう。
けれど俺の手元には、チートじみたアイテムがたくさんある。
これを使えば、あの商人を助けられるかもしれない。
「……ここで見捨てるのは、後味が悪すぎるよな」
俺は、ヒキノの木斧をグッと強く握った。
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