第一章 二度目の世界に嗤う (4)

「なるほど、ほんとに〝強くてニューゲーム〟だったわけか」

 メール型のアイコンをタップして出てきたのはまんま手紙のようだった。

 いろいろ気になることは書いてあったが、どうやら神様というのは実在しているらしい。レベルや何やらも、元の世界、地球でも存在はしていたようだった。

 地球の神様は、チートじみた才能をもらってもなお死にやすい人種らしい地球人のために、説明なしで放り出す代わりに「実地で体験しろ、一回は帳消しにしてやるから」という方法をとったということなのだろう。

 実際それで俺は助かったようだし、いろいろな疑問にも説明がついた。

 レベルがぶっ飛ぶくらい下がったのも、長々と生きたことが原因なのだろう。

 …………なんにしても。

「くはっ」

 ああ、感謝しよう。

 これで俺は、あの時の誓いを果たせるように動ける。

「クハハハハハハハっ!!」

 笑いが止まらない、止められる気がしない。

 本当は次があるなんて思っていなかった。それでも胸に抱いた焦がれるような復讐心と憎しみは噓じゃなかった。

 じわりと湧き上がる実感に、ゾクゾクと体を走る歓喜が止まらない。

 これは夢じゃない。時間制限もない、これでちゃんと復讐の末に殺せる。

 そうしてひとしきり笑った後、冷徹に頭が回り始める。

 何をしよう、何から始めよう。

 今すぐにでもひねり潰したい奴らが何人もいる。

 足元にはそんなかたきの一人がいる。

 今は口の中を火で焼かれ、何度も靴で踏みつけられたせいで身にまとったドレスはボロボロに汚れている。

 従順にしようが反抗しようが関係ないということがやっと分かったのだろう。ただ憎々しげに王女はこちらを見上げている。

 そう、これだ、これなのだ。俺は復讐がしたいのだ。

 ただ衝動に任せて命を奪うだけなら、すぐにだってできるだろう。

 俺のレベルが下がったように、あいつらのレベルも下がっているのだろうから。

 俺にはチュートリアルで得た知識と経験がある。スキルとしての能力は失っても体を操る技術は失っていない。

 いくつかの使える心剣の効果で今でも50レベル近くのステータスがあり、未だ周りで呻くだけの実戦経験もなさそうな騎士どもなど、十人以下なら正面から相手にしても何の問題もない。少しの間だけ潜伏してレベルを上げ直せば、旅に出て強くなる前のクソ野郎どもなど暗殺して回れるだろう。

「ダメだ、ダメだよなぁ、それじゃあ」

 俺が苦しんだ一年間。

 ひび割れ、悲鳴を上げながら壊れてがれ落ちた心の破片で作り直された復讐心。

 その時間を掛けて粘度を増したドロドロとへばりつくような熱の塊が、ただ殺すだけでは満足しない、許さないと叫んでいる。

 顔を見るのも不快だが、これではまだ全然釣り合わないのだ。


 だから、まだこいつは殺さない。

 だから、ここで終わりになどしない。


 ちゃんとゆっくり考えよう。時間があるのならあっさり殺して終わらせなどしない。

 苦しめて、つらい思いを経験させ、後悔と苦痛の毒沼に沈めてやろう。

 もっと、もっと、もっと、もっと苦しんでもらわなければいけない。

 そうして初めて、本当の復讐が完成するのだから。

「あぁ、今は殺せないかぁ。せっかく治療したのになぁ。いろいろ殺し方考えてたのに」

 思わずため息をつく。非常に残念だ。

 小さな肉食虫に意識があるまま体をい尽くさせたりとか、すぐに発芽、成長して宿主もろとも樹木になる種を植え付けて体の感覚も何もないまま思考だけの存在にしてやろうとか、いろいろ考えてたのだが。

 どちらにしろ、そういった能力を持つ心剣は封印されてるみたいなのでどうしようもない。今はとにかく時間が必要だ。

 じっくりねっとり、復讐を遂げるための準備を始めよう。もちろん、その準備も楽しんで。

「まずは……」

 ザッと【翠緑の晶剣】で王女をしゃべれる程度まで口の中を治す。

「なぁ、ちょいと頼みたいことがあるんだ」

「……お前のような化物の頼みなど、誰が聞くものですかっ」

 本当、こうして見るとアレシア王女はいい復讐対象だ。

「クッ、アハハハッ」

「な、何がおかしいのですっ!!」

「いや、本当に思い通りの反応してくれると思ってなぁ。その気持ち絶対になくすなよ、復讐がつまらなくなるからな」

 ニヤニヤと笑いながら見下ろすと、アレシア王女が更に敵意を目に込めてこちらを見上げている。

「この、狂人めっ!! なぜですっ、ワタクシが一体何をしたと…」


「したんだよ、お前が知らなくても、俺は知っている。裏切られた痛みを知っている。騙された痛みを知っている。欺かれた痛みを知っている。お前らを信じた馬鹿な俺が受けた痛みの全てを、俺は覚えている。覚えているんだよ、アレシア=オロルレア王女」


「うっ、ぐっ………」

 マグマのように焼き尽くすような憎しみが込められた視線と、氷のやいばで切り裂くような冷徹な声の温度。王女には言葉の意味が分からなかったのだろうが、それでも俺が本気で憎んでいることは悟ったようだった。

「さぁ、話は戻るけど頼みごとだ」

 パンッ、と王女の前で手を合わせた。

 先程までの様子などじんも感じさせない完璧な作り笑顔。

「頼んでみたけど聞いてくれないなら仕方ないよね。そのために口の中の治療までしてやったのに悲しいけど、嫌だって言うなら仕方ないもんな?」

 予想通り? 知らない知らない、頼みごとを聞かないって反発するなんてチラッとも考えてないです。

「な、何を……?」

 さっきまでとガラッと変わった様子に、王女は戸惑いよりも先に不安が湧き上がったようだった。相変わらず、なかなかいい勘をしている。

「ふむ、前に書くのは胸が邪魔になるな」

「きゃっ!? やめ、やめなさいっ!!」

 アレシア王女をあしにしてうつぶせになるように蹴り飛ばすと、ドレスの背をビリビリと破いて背中を露出させた。

「しかしあれだな、初めて見た時は美少女に見えたのに、今はなんも感じないってのも不思議なもんだな」

 肩先まで掛かる綺麗な白銀の髪と白銀の瞳、人形のように整った顔とプロポーション。

 テンプレよろしく、オロルレアの美姫と呼ばれるだけはある美少女だった。

 一度目の世界で初めて見た時は、現代日本で見たどんな女の子よりも可愛かわいい女の子に見え、たまたま着替えをのぞいてしまった時はドキドキしたものだった。

 だが今は、それよりも際どい姿を見下ろしていてもピクリとも心は動かない。

「無理やり婦女子の貞操を奪おうなど……っ、やはり異界の民など野蛮で下賎な畜生が……」

「はぁ? 何言ってんの? 性格ブスはお断りに決まってんだろ、勘違いすんな自意識過剰だ気持ち悪い」

 言われて想像してしまい、本気で気持ち悪くなったので不機嫌に吐き捨てた。

「なんっ……!!」

「お前が頼みを聞かない、っていうから伝言の代わりに手紙を書こうと思ったんだよ」

「……ま、まさ、か」

「ほら、伝言頼むのに口が利ければ楽だろう? でも、聞いてくれないんじゃ、仕方ないからそれでもいいように書くしかないよな?」

 これから何をするか分かったらしいアレシア王女に、ご名答とにっこり笑って言ってやる。

「さぁ、動かないようにしてくれよ? 綺麗に書けなくなっちまうからさ」

「いや、いぎゃあああああああああぁぁぁっ!!」

 取り出したのは【きゃくけん】。

 二十センチ程度の短い刀身の割に幅が広めの刃を持った、刀身を含めて朱色に染まった心剣。

 今を二度目とするのなら、一度目では火種を起こす程度しか用途を持たなかったその心剣は、だからこそ、今回の用途にはふさわしいものだった。

「ふん、ふ~ふふ~ん♪」

「うぎゃ、ぎゃああっ、あづぃいいっ!! やめ、やめでぇえええっ!!」

 そうして、鼻歌を歌いながらアレシア王女の背中に手紙を焼き刻んで書き込んでいく。

「だれが、だれがだずげでェエエぇぇ……」

「アハハッ、誰も助けてなんかくれないよっ、お前らが色々小細工して仕組んだように、俺も全員チカラでねじ伏せて潰したからなぁ」

 アレシア王女が周りで呻き声を上げる騎士たちに向けて手を伸ばすが、騎士たちは全員、肘と膝の関節を逆方向に曲げているので動くこともできない。意識は飛んでいないはずだが、そもそも自身の体が上げる痛みの悲鳴で王女の声など届いていないかもしれない。

「さあさあ、まだ半分も書き終わってないんだ。これからゆっくりいろんなことも考えないといけないんだから、動かないでくれよな」

 そう言って俺はニッコリと笑うのだった。

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