第一章 二度目の世界に嗤う (3)

 小さく浮き上がったステータスボードにはそう示されていた。

 つまり、今まさにこのスキルを取得したという扱いになっているということだ。

 ごっそり持っていかれたMPがそれを証明している。

 先程も言ったように、スキルレベルとは簡単に言えば、どれだけそのスキルの扱いに慣れているかということである。

 スキルを成功させることで熟練度が増していき、スキルレベルが上がることでそのスキルをく発動できるようになる。練習でコツを摑むようなものだ。

 今回の天駆で言えば、レベルが上がれば上がるほど、魔力消費が抑えられ、発動間隔を短くできるという具合だった。

 はっきり言って、レベル1のスキルなどゴミである。どんなものも燃費が悪すぎて実戦では使い物にならないものがほとんどだった。

 一応、天駆以外のスキルも確認してみたが、やはりレベルは1だった。

「呪いの効果……なわけないな。こんなとんでもない効果だったら戦闘にならずにもっと早く終わってた」

 実際、ここで目が覚めるまで、直前の記憶が正しいのなら、『天駆』も『魔力操作』も、それどころかその他の上級スキルだって鼻歌交じりで使える程度のスキルレベルだったからこそ、一人で一年以上戦い抜いてこれたのだ。

 レベルやスキルを帳消しにする効果の呪いが付与された剣なんてものがあるなら、それこそ勇者になんて頼らなくても魔王を秒殺……は無理だろうが、楽に倒せるだろう。

「あの時、殺された後、いや、生きてるっぽいから助かったとして、気を失ってる間に新種の状態異常でも掛けられたのか?」

 ステータスボードの状態では良好と表示されているが、これは判定が穴だらけなので参考程度にしかならない。

 本当に悪質な高レベルの状態異常はステータスボードの表記さえだましてしまうからだ。

 なので、本当に何の状態異常にも掛かっていないのかを知るために、更にステータスボードに対し鑑定能力を持った心剣を使用することで、より詳細な状態を知ろうとした。

 本当に新種の状態異常なら、きっちりと効果を確認しておかないと、解除するための条件なども把握できないからだ。

「さてと、鑑定、鑑……て、い?」

 そうして、ステータスボードに対し、鑑定能力のある心剣を出そうとして、動きを止めた。

「そ、んな、まさか……」

 嫌な想像に顔を引きつらせながら、心剣の横にある『▽』のマークをタップした。

 すると、今まで数々の苦難をともに乗り越えてきた数多の心剣たちの名が書き込まれていた。

 ただし、そのほとんどが薄暗い灰色で表示され、その横にはなんきんじょうのマーク。そのマークをタップすると、その心剣の名と解放必要経験値の表示が浮き上がった。

「噓だろ……?」

 灰色に表示されているいくつかの心剣を出そうとしてみるが、どれも上手くいかない。

 どうやら灰色ではなく、普通に白いハイライトで表示されている心剣しか使えないようだった。

 再び、目頭を押さえてどうもくするが、今度は俺の心の許容量を超えたらしく、いらちとも不安ともつかないぐるぐるとした感情を、とりあえずつい先程から気を失ったふりをして口を開かずに呪文を構築していた王女を蹴飛ばすことで紛らわした。

「ぎゃあああああっ!?」

「本当に不意打ちが好きだな、アレシア。っていうか何のためにお前を癒したと思ってるんだ。俺が痛めつける前に勝手に死んだりはするなよ」

 構築していたのは火の下級魔法だったようで、不完全な状態で暴走した火の玉が王女の口の中で爆発した。きっと口の中は大変なことになっているだろう、大変気分がいい。

 口にはしないが、自殺以外の方法ならどんどん反抗してほしい。それを叩き潰して自滅するアレシア王女様を見るのはとても楽しかった。大変愉快である。

 やはり、自分のしたことのしっぺがえしで苦しむ姿を見るとスカッとするなぁ、なんてことを考えていると、ふと、ステータスボードの左上に見たこともないメール型のアイコンがあるのを見つけた。

 これまで、一度だってそんなアイコンを見たことはなく、どんな効果があるものなのかが分からない。

「う~ん、どうするかね」

「ぐぁ、……、がぅヴぁあ……」

 とりあえず手持ち無沙汰な足で、必死の形相でこちらをめつけてくる王女の腹をグリグリと踏みつけながら、ひとしきりアレシア王女様の無様な姿と声を堪能する。

 少しの間、そうして多くの心剣が使えなくなったショックを抑えると、ゆっくりとそのメール型のアイコンに右手の指の先を置いた。



   これを読んでいる時、あなたは老衰以外で一度死んでいるでしょう。


   いえ、冗談ではないのです。

   どんな死に方をしたのかは分かりませんが、あなたは確実に一度死んでいます。

   正確にはHPがゼロになって一度死んだ後、気が付いたら転移直後に戻っているはずです。

   あなたが今まで体験していたのは【チュートリアルモード】です。

   異世界に転移された人間は世界を越える際に通る力場で、この世界、地球で言うところの『異能』を得ることになるでしょう。

   これは、たいてい現地の人間が持つものに比べて強力であることが多いですが、あなたが死んでしまったように、多くの人間はどんな能力があろうと割と即行で死んでしまいます。

   それはもう、本当にサクッと死んでしまいます。

   どの異世界に飛ばされるのかは地球の神様である私にも分かりません。手出しもできません。それでも事前に注意深く生きるように説明しても、常識どころか条理も違う世界に適応できる人間は少ないようなのです。

   なので、地球から呼び出される人間に事前説明するのはやめにしました。

   その代わりに、そのリソースを使って付けたのが【チュートリアルモード】です。

   説明もなしによく分からない状況に放り込まれるのが大変なのはお察ししますが、百聞は一見にかずということで、地球の神様として送り出す最後の手土産チートがその【チュートリアルモード】になります。

   転移後、天寿をまっとうする以外の方法でHPがゼロになり死亡が確定すると、転移直後まで時間がさかのぼります。

   その時までに稼いだ経験値やスキルなど自身に帰属されるものは、体験時間を経験値に換算した分だけ差し引いて引き継がれます。

   要するに〝強くてニューゲーム〟です。

   素質が上がったり、才能が開花したりするわけでもないので、頑張らないとやっぱりすぐに死にますが、痛みとともに、「死にやすさ」だけは体験されていると思います。これが地球の神様の精一杯のチートです。

   地球の人間たちは魔力関係の要素が薄く、そもそもが個体として非常に非力です。はっきり言えば以下です。素体として、人間としての差は異世界でもほとんどありませんが、世界を超えた『異能』があって初期値はせいぜいがスライムを倒せる程度でしょう。異能がなければ、何かしらの武道の達人でも村人A程度の力しか持ち合わせていません。

   ですので、生き延びたかったら考えて頑張って鍛えてください。

   たいていの世界は、地球よりも危険が身近にあります。

   非力な神様で申し訳ありませんが、どうか幸せな人生を。

女神より

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