第一章 二度目の世界に嗤う (2)

「アハッ、アハハハハッ!!」

 相変わらずなぜか体は重かったが、心剣を使うことはなかった。

 剣ですぐに殺すなどもったいない。ただ殺したいだけではないのだ。

 復讐したいのだ。

 苦しめたいのだ。

 できるだけ長く苦しめた末に殺したいのだ。

 そうしなければ、俺の心は晴れないのだ。

「アハハハハハハハハハハッハハハハハハハハハハッ!!」

 苦痛と恐怖の悲鳴、心地いい音色に興奮が止まらない。

 その声がむことはない。死にそうな怪我をさせられることもなく、気絶しそうになれば痛みで目を覚まさせられる。

 騎士たちにとってそこはまさに地獄だった。王女にとってそこはまさに地獄だった。

 そして、俺には願いのかなう桃源郷だった。

 こうしょうは終わらない、終えられない。

 悲鳴は止まらない、止められない。

「ぁぁ……、うぅ、がぁ……」

「ひぐぅ、……ご、ぁ……」

 そして、部屋の中が言葉ではなくうめき声だけになり、何をやってもいい反応が返ってこなくなった頃に俺は動きを止めた。

 目の前には誰だか分からなくなるほど顔をボコボコにされ、指の関節を全て逆向きにへし折られ、ついに耐え切れなくなってうつろな目で口の端から泡を吹いたアレシア王女様がうずくまっている。

「さて、改めてどうなってんのかね」

 復讐心はこの程度で収まるものでもなかったが、反応がない相手をいたっても意味がない。

 ひとしきり暴れたことでなんとか落ち着きを取り戻すと冷静になった頭で、ある心剣を呼び出す。手に持ったその心剣をそのまま突き刺してしまいたい衝動に耐えながらアレシア王女に治癒魔法を掛ける。

 手から少量の魔力を吸い取り、淡い光をともしているのは【すいりょくしょうけん】。エルフの森で条件を満たして手に入れた心剣の形態の一つだった。

 刃渡り十五センチ程度の緑がかった水晶のようなものでできた短剣で、魔力を込めることで対象を癒す効果がある。

 といってもすぐに完治するようなものではないので、その間に疑問に思っていることを調べることにする。

「しかし、気のせいかと思ってたけど体が重いのはなんでなのかね」

 曲がりなりにも戦闘行為を行って分かったのは、明らかに身体能力が低下していることだった。なんでそんなことになっているのか、考えを巡らせる。

「あぁ、もしかして呪いが残ってるのか?」

 直前まで自分を貫いていた、『不死者殺しの宝剣』。あれは相手に傷を付けるたびに基礎能力値を低下させるデバフ効果を与える力がある剣だった。教会が秘蔵していた教剣であり、あの時は装備していた俺の心剣の効果で無効化していた。

 俺の固有の技能『心剣』は、数多あまたの条件を満たすことで多くの形態を得る自分専用の武器を操れるというものだった。

 四年の修練はではなく、いくつも扱えるようになった剣の中には自らの状態異常を治すものもある。なので、対応する剣が何なのか、まずはそれを調べなければならない。

「ステータスオープン」

 つぶやいた声に反応するかのように青い半透明の板、ステータスボードが浮かび上がる。

 それは呼び出した当人の能力を書き記したもので、鑑定系のスキルや魔法を使われない限り自分以外には見えない非物質の魔力体だった。

 そして、そこには、驚くべき情報が記載されていた。

「………なんだこりゃ」

 ついにバグったのかと思って目頭を押さえて一度ステータスボードを消し、顔を振ってからもう一度唱え直す。

「ステータスオープン」


「………なんで?」

 おかしい点がいくつもあって、思わず漏れたのはそんな疑問の言葉だった。

 まず一つ、年齢。

 俺がこの世界に呼び出されたのは約四年前、十七歳の高校二年生の時。今の年齢は二十一歳だ。

 なんだろう、若返りの秘技でも発動したのだろうか、違うか。

 まぁ、特にこれは問題ではない。

 次に、レベル。

 魔王を倒し、その後も戦い続けた経験値は圧倒的であり、レベルは300を超え、400に迫ろうというところまで育っていた。魔王討伐の旅についてくる前、王国最強の騎士とされていた騎士団長のレベルが121だったこと、魔王を討伐する頃には270程度まで上がっていたことも合わせて考えれば、それがどれだけ突出しているかも分かろうというものだった。

 もちろん、レベルが上がればステータスにも影響する。レベルが下がるなんて話は鍛錬をサボり続けたり老いて衰えたりするぐらいでしか聞いたことがなかったが、300近く一気に下がるなんてことはうわさですら聞いたことがない。というか、レベル1とかこの世界でなら赤ちゃんぐらいだ。初めてこの世界に来た時の俺ですらレベル3はあった。

 それが、レベル1である。それに合わせてステータスも劇的に低下していた。

 そして最後が、スキルである。

 完全に才能や、勇者補正のような特別な条件で所有している固有技能と違い、獲得法が確立していて向き不向きはあれど習得するだけなら時間を掛ければ可能なのがスキルである。

 スキルには熟練度とレベルがあり、熟練度をめてレベルを上げればスキルを十全に使いこなせるようになっていく。

 基本的には地味な反復作業で育てていくしかなく、言い換えれば、分かりやすく努力の結果が結実したものであるはずのスキルが『拳打』のみになっている。

「んな、馬鹿な……、『天駆』っ!!」

 意識はいまだ戻っていないようだったが、あらかたの傷が治ったらしい王女の治療を中断して心剣をしまい、地面を蹴って魔力でできた足場を蹴ってもう一度、宙で跳ねる。

 とっに選んだスキルは『天駆』。空中で足の裏に魔力で足場を作ることで空中戦を可能にするスキル。

 戦場で助けられたスキルの一つは確かに発動した。発動はしたのだが……。

うそだろ……?」

 そのあまりに稚拙な技の発動に呆然と声が漏れる。魔力消費も展開速度も自分の感覚とは比べ物にならない。

「ステータスオープンっ!!」

 ステータス欄を開くと、スキル欄にたった今使った『天駆』と『魔力操作』が登録されていた。

 ステータスボードの『天駆』の文字をタップし、ため息をついた。

「はぁ、やっぱり……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る