第一章 二度目の世界に嗤う (1)
「ようこそおいでくださいました、勇者さ、がふっ」
目を開けると、目の前に憎しみの対象がいたのでとりあえず思いっきりぶん殴った。
反射的に突き出した拳は
本当は顔面を狙いたかったのだが、座り込んでいた関係上、顔面までは手が届かず、力を込められる体勢でもなかったために中途半端な一撃になってしまった。
「「お、王女殿下っ!!」」
目の前の事態を理解できず、一瞬
その光景を見ながら、俺は釈然としない気持ちでいっぱいだった。
いくら武器も使わず、タメも強化もない中途半端な一撃だったとはいえ、魔法強化や祝福、装備もなしにまともに俺の一撃を受けてこの程度で済んでいるのは解せなかった。
疑問が一つ浮かぶと、現状についての疑問も一気に噴出してくる。
「ん~ん? そもそもなんだこれ、夢か? 走馬灯?」
死んだはずなのに、自分の体を見下ろしても体にはなんの異常もない。
胸に突き立っていたはずの『不死者殺しの宝剣』は影も形も見当たらず、それどころか直前まで着ていたはずの服装ですらない。
それは、四年前、初めてこの世界で旅に出た時に着ていた黒い服。
俺、
「貴様ッ、一体何をするっ!!」
「いくら勇者とはいえ、王女へ危害を加えるなどっ!!」
駆け寄らずにいた騎士たちがこちらに剣を向けるが、敵意は乗っても本気の殺意も乗らない威圧など、戦場に出る前の俺ならいざ知らず、今ではそよ風ほどの意味もない。
とりあえずサクッと無視して現状把握に努める。
周りを見回せばそこは、王都の城にあるはずの召喚の間。
先程までいたのは秘境の奥にある
直線距離で考えても一万キロはありそうなほどに離れているはずだった。たとえ転移魔法を使ったとしても十回以上長距離転移をしなければならず、ありえない魔力量を誇っていた魔王であっても一息にたどり着くのは不可能だろう。
……ということはやはり、死ぬ直前に見るという走馬灯だろうか。いや、追体験だけではなくこんなにのんびり思考できる走馬灯とかありえない。
夢にしては殴ったりとか敵意向けられたりとかの感覚がハッキリしすぎている。夢でも走馬灯でもないとすると、残念ながら現状を説明できる理由が想像できなかった。
「おいっ、聞いているのかっ!!」
「聞いてない」
「なっ!? 貴様ぁっ!!」
ピーチクパーチクとうるさい騎士どもに生返事を返すと安いプライドが限界を超えたのか、敵意の質が変わり、向けられた剣に本気の殺気が宿った。
瞬間、
「へ? ぐぺらっ!?」
踏み出そうとしたその足を踏みつけ、体重を乗せた肘を喉頭に
勇者として召喚されて三年間。
魔王を倒し、用済みとばかりに戦後復興のための
敵意を感じ取れば
更なる予想外の光景に騎士たちはまたも動きを止めたようだった。吹っ飛ばされた張本人は壁に叩きつけられ、喉を半ば
「あ? 首吹っ飛んでないな。あの首当て、精霊強化でもされてんのか? いや、そんな魔力は感じないし、っていうか、体がなんか重い? んんん~?」
シン、と静まり返る部屋の中、俺の声だけが響き渡った。
どう考えても熟練者でも強者でもなさそうな、一般的な騎士のようだったが、今度も武器を使わなかったとはいえ、この程度しか効果がないのは考えにくい。
こう、クルンと首から上が回るはずだったのだが、現実にはそんなことにはならなかった。
「ろ、ローレンッ!!」
数秒してやっと石化が解けたのか、吹き飛ばされた騎士の近くにほかの騎士が集まり、慌てて治癒の呪文を唱えようとし、それだけでは間に合わないと判断したのか腰から取り出した中級ポーションを患部にふりかけた。
「な、なにか、お気に召さなかったのでしょうか、勇者、さ、ま……」
回復したらしい王女が青い顔をしながらそう吐いた言葉が耳に届いて、思わず漏れた殺気混じりの威圧が周囲の人間の行動を縛った。
「よくそんなことが言えるな、アレシア。さすがは王女様だ、何もかもが気に入らないに決まってるだろ。その声、その目、その容姿、その精神、全部が気に食わない。お前の口から勇者なんて言葉が出るだけで吐き気がするんだよ」
威圧に危機感を覚えた騎士が震える体にムチを打って、王女を守るように位置取りを変えたが、そんなことに意味はなかった。
なぜなら、俺の動きを見切れるような人間が、そこには誰もいなかったからだ。
「キャアッ、がっ、ぐっ」
やはりなぜか重い体で駆けだすと騎士たちの間をすり抜け、王女の首を片手で
「なんの罪もない人間を勝手に勇者召喚の生贄にし、俺に勇者の役割を押し付けて、魔王を倒したら今度は全部俺に罪をなすりつけて、高笑いしながら俺を裏切っただろうが」
「な、なんのこと、かっ、はっ」
白々しい、俺は絶対に忘れない。
魔王を倒した途端に、世界が裏返った。
聖女に世界の敵認定され、王国もそれを追認し、背後で行っていた全ての罪を俺にかぶせた。
ともに戦った仲間たちは、絆を育んできたと思っていた奴らは例外なく追っ手となった。
疑うこともなく、ただ助けてという言葉を、ただ救ってと見せられた光景の原因を言われるままに信じたそのツケは、助けた奴らに石を投げられ、罵倒され、唾を吐かれる。
この王女もその一人だった。魔王を倒した後、世界中が敵だらけになり、味方が誰か分からなくなった。そんな中、王女は味方のふりをして近づいてきた。助けてやると、
逃亡生活と劇的な状況の変化に疲れきっていた俺はその言葉を
隠れ家といって転移石で連れていかれた先は、転移では入ることはできても出ることはできないあるダンジョンのトラップ部屋。命からがらで逃げ出した時には深手を負い、それが癒えるのにはかなりの時間が掛かった。
「あぁ、味方面して俺を
「ホントに、なんのことか……」
本当に馬鹿にしてる。そして本当に俺は馬鹿だった。
信じるなんて言葉を捨てて見てみれば、きちんと疑いを持つようにすれば、取り返しがつかなくなる前に彼女の隠した敵意にも気付いただろう。
なにせ今なら、混乱と苦痛で青ざめながらも、王女の奥に潜んでいる悪意がはっきりと感じられるのだから。
ちょっとした仕草、目線、呼吸、表情の動き。
戦闘の場面で相手の考えや動きを予測するための情報源としてしか利用していなかったそれらが、隠し切れない悪意の存在を伝えてくる。
「ハッ、ほんとに分厚い面の皮だな。まぁ、状況がよく分からないが、夢でも走馬灯でもなんでもいいか。難しいこと考えるのは後回しだ」
あぁ、と思わず声が漏れる。
「いつまでこのボーナスタイムがあるのか分からないし、それに誓ったしなぁ」
それは
「ぁ……、ぅ……」
そこで、王女から感じる敵意が急速にしぼんでいった。
首を絞めていた手を離して拘束を解くが、尻餅をついたままこちらを見上げる目は恐怖に彩られていた。その目に映った自分の姿は、確かにひどく歪んだ表情をしている。
だが、それでいい。それでいいのだ。
ずっと
その結果が世界ごと裏切られて怨敵に祭り上げられたのだからお笑い
もう自分は綺麗なだけではいられない。そんな自分はとっくの昔に壊れてしまった。
……誓ったのだ、
その相手に見せる顔は、きっとこんな狂気に満ちた顔であるべきだ。
「た、助けて、くださ……」
「嫌だね。できる限り苦しめよ、アレシア」
「ギャウッ!!」
右、左、右、左と意識が飛ばないよう、苦痛をできるだけ感じるように顔を殴る。
「貴様ッ、ガッ!?」
「グウッ!!」
「ほらほらほらほらっ!! お前らの大事な王女様がヤられてんのにその程度か!? ああっ!?」
恐怖に縛られ、王女を押さえられている状況に動けずにいた騎士たちも慌てて躍りかかってきたが、わずか五、六人の騎士に囲まれた程度ではどうということもない。
関節の裏に肘を打ち込み、相手の重心を崩してできるだけ痛いように押し倒し、骨が
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